図案スタイルについて
こぎん刺しの図案が作成されるようになったのは、昭和に入りこぎん刺しの復興に着手するようになってからです。弘前こぎん研究所の母体であるき木村産業研究所で高橋一智さんが模様の書き取りをしたのが最初のようです。
高橋一智さんについてはそらとぶこぎん創刊号に詳しく紹介されていますが、方眼紙に横線で模様を記録していました。昭和40年代のこぎん全盛期に数多く出版されたこぎんの実用書もこの図案スタイルが多いです。
古い書籍の図案は、罫線の上に模様の太い線が走りますが、マスは埋まらず、マスの上半分から少し隙間が空いています。最近のエクセルなどのスプレッドシートで作る図案はマスが塗りつぶされています。
koginbankが販売するこぎんノートはこの図案の書き方を踏襲していますが、横罫線に重ねて太線で模様の線を入れるように作っています。
これらの図案は、罫線が布の目(隙間)を表わし、方眼に沿って図案の書きやすさを考慮したものと言えます。この図案をkoginbankでは昭和スタイルと呼んでいます。
これに対して、平成スタイルと呼んでいるのが、こちらの図案です。
この図案は罫線で布の組織を表わしています。図案を読みながら針を運ぶ時、図案が手にした布に倣っているので、特に初めての人に理解のしやすさを考慮した図案といえます。
罫線を布目とみなす昭和スタイルと、罫線を布の組織とみなす平成スタイル。この2つの違いはこぎんや菱刺しを知らない人には気づかれないかもしれませんが、利用する時に混乱してしまうようです。
どちらかで見慣れてしまうと、いつもと違うスタイルの図案では、1目拾うのか拾わないのか判別しづらくなるようです。この違いはすごく微妙で、細かい図案になるほど、違いが認識しづらいです。また、慣れない図案を使うことを認識していても針を動かすことに集中すると、いつの間にか慣れた図案の読み方ですすめてしまうこともあります。
この違いによる混乱は錯視図形を見るように、二つの要素が存在するのに、どちらかを認識すると、その要素にしか見えない思い込みの感覚に似ています。
図案の表現方法として、双方の違いが混乱を招く2種類しか存在しないのはちょっと悩ましいものです。細心の注意を払って使用するしかありません。
かつてはクロスステッチの図案に似たこんな図案スタイルもありました。
一見、読みづらそうですが、実際に手を動かしながら読むこの図案は意外にも記憶しやすいと感じます。横線の長さを背景の方眼を定規にして数えるときは、見間違いが不安で何度も確認してしまいますが、×印を数えるのは、長さを測る注意がない分図案が頭に入りやすいように思えます。
また便利なのは、大きな連続図案を作成する時は下のように、繰り返しになる基礎模様の部分だけ●印に替えると図の構成がわかりやすいことです。
この図案スタイルを使っていたのは、こぎん刺しを手芸として普及させた高校教師の工藤得子さんでした。(詳しくはそらとぶこぎん第3号で紹介されています)どのような経緯でこの書き方になったのか定かではありませんが、彼女が昭和8年に卒業した和洋女子専門学校は日本で初めて洋裁を教える学校として設立された和洋裁縫女学院が前身で、多くの家庭科教員を輩出しました。ヨーロッパの刺繍も科目としてあったのではないでしょうか。工藤さんは卒業の同年に青森で教師の職に就き、同時にこぎん模様の研究もはじめました。
そして、刺繍の歴史が最も古いとされるクロスステッチは、世界中に存在しますが、ヨーロッパの刺繍に見るクロスステッチサンプラーは、かつて少女たちがステッチの仕方や、家庭用縫製に使用するアルファベットやその他のパターンを記録する方法を学ぶために制作され、印刷図案が無かった時代の図案帖でもありました。これを工藤さんは知っていたのではないでしょうか。
工藤得子さんからこぎんを学んだ人たちは基礎刺しと呼ぶ制作をいくつもされたそうです。その基礎刺しは名前も然り、クロスステッチサンプラーに似ています。
最近クロスステッチには、図案作成に便利なアプリがいくつも登場しています。こぎんの図案に利用されている方もいらっしゃいます。手書きの苦労が解消され、色や記号の使い分けなど、とてもわかりやすい図案作成が実現できます。今では実際の布と糸のシュミレーション画像も作ることもできます。ここまで来ると、令和スタイルにはどんな図案が来るのでしょうか。ただシュミレーションができてしまうと、こぎん刺しのモチベーション上がりますかね? 行く末を想像してみたら楽しみが減りそうで、ちょっと寂しくなってしまいました。