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制約の中に見えた自由 -さとの坊の こぎん刺し-

2022.10.31
さとの坊 の こぎん刺し


こぎん刺し は、布の上で針をひたすら水平に進めて行く刺し子です。

水平に数の秩序に従って針を動かして行くと、美しい模様を作ることができます。これが こぎん に憧れる人たちを夢中にしていきます。こぎん刺し はとてもシンプルな技術です。だから楽しさのピークを超えると離れていってしまう人もいますが、独自に面白さを見出し、その深みにハマって行く人もいます。

今回取材した、「さとの坊」こと虎谷理美さんはこの夏、伝統のモドコを組み合わせ金魚ねぷたの図案を発表しました。伝統のカタチを見事に昇華し、現代的でキャッチーな こぎん刺し は、今までありそうでなかったと思うのですが、お話を伺ってみると、この”ありそうでなかった”が、なかなか深みがありました。

さとの坊のこぎんキット 金魚ねぶた/ねぷた

青森を離れて知った こぎん刺し

理美さんは青森県浪岡町(現・青森市)の出身です。学校で こぎん刺し を経験したことはありません。ただ、兄が学校で作ってきた課題が可愛いくて、自分の小銭入れとしてずっと使っていました。これが こぎん刺し だと知ったのは大学進学で青森を離れてからのことです。

チェコの街の風景(虎谷理美さん提供)

大学では1年間チェコへ留学しました。ドイツの南側に位置するチェコ共和国は、中世ヨーロッパの街並みが残る、人口約1000万人ほどの小さな国です。比較文化論や、異文化コミュニケーションを学んでいたので、チェコや欧州諸国の文化を堪能し、逆に日本文化を紹介したり、なぜチェコに来たのか、日本のことや日本人としてのアイデンティティのことなど、いろいろ聞かれるうちに自身のベースの日本や青森を意識するようになりました。

中欧の綺麗な刺繍の数々には強く魅了されたそうです。留学中にもずっと愛用していた兄の小銭入れが こぎん刺しだと認識したのはチェコから帰国した後でした。この時、こぎん刺し を深めていきたいと理美さんは思ったそうです。

チェコの街角の風景(虎谷理美さん提供)

理美さんにとって、チェコは異国にいる緊張を感じさせない国でした。チェコ人は青森の人っぽいのだそう。初対面ではよそよそしいのに、打ち解けるとすごく親密になるピュアな人たち。それは近隣の国と比較してもチェコ人に際立って感じるのだとか。打ち解けた親密な関係は今も続いています。

こぎん刺し で 新たな挑戦

理美さんが こぎん刺し を始めたのは社会人になってからです。昼休みの時間潰しにはじめました。その手始めにとった本は、鎌田久子さんの「はじめてのこぎん刺し」でした。身近に こぎん刺し に詳しい人はいなかったので、この本のおかげで こぎん刺し に必要な材料は、自分の住む横浜でも買うことができることを知りました。

季節で楽しめる さとの坊の こぎん刺し

理美さんは現在5歳と2歳の男の子を育てながら こぎん刺し の制作をしています。長男の出産後に会社復帰しました。しかし、仕事と子育てと忙しさで、子供との時間を大事にしたいと思いながらもイライラしてしまう毎日。家族との時間をよりよく過ごすことを考え退職を決めました。そして子育てに専念するのではなく、自分で新しいことをはじめようと こぎん刺し の制作を選びました。さらに、自分で楽しむところから一歩踏み出して、ハンドメイドマーケットminneでの販売をはじめ、作家としての活動がスタートしました。

こぎん刺し の伝統

2019年、理美さんは こぎん刺し で2つの貴重な経験をしています。

1つは横浜市内の小学校で総合学習をお手伝いしたこと。
3年生の子供たちが1年間 ”こぎん刺し” をテーマに深く掘り下げいろんな活動に繋げました。さとの坊のインスタグラムではこの1年の様子が報告されていますのでぜひご覧ください。この総合学習は子供たちだけでなく、保護者や学校教員、地域の人たちや、インスタグラムを通じて こぎん刺し の素材を提供してくれた各地の人たちも巻き込み、壮大で多岐にわたる学習成果となりました。理美さんは、1年間子供たちと関わり、彼らがのめり込んでいく こぎん刺し の魅力を探りたくなったと言います。

もう1つはパリで開催したJapan Expoへの出店です。
Japan Expoは、毎年フランス・パリで開催される日本文化の祭典です。漫画、ゲーム、伝統文化とさまざまなジャンルが一堂に会します。出店のハードルはいろいろありましたが、夫に背中を押され思い切って参加しました。自身の制作について力不足を感じるところはありましたが、ワークショップを行い、弘前市のパンフレットとともに こぎん刺し の伝統の魅力を紹介したら、日本の地方の魅力に目を向けてくれる人たちがたくさんいました。自国の文化に近いものを感じて自分たちの解釈を伝えてくれる来場者の言葉や反応に、理美さんが思っていた以上に こぎん刺し は凄いんじゃないかと感じたそうです。そしてこの経験は、総合学習の子供達にも直に伝えることができたので、パリへ出向いて現地の人たちの声を聞けたことはとても大きな実りでした。

この2つの経験を得た理美さんは、こぎん刺し には「伝統」がとても重要に思えました。人の手で受け継いできた歴史に魅了される人が多かったそうです。故郷の こぎん刺し から受ける衝撃はささやかで地味な印象なのに、自身の制作や発信から返ってくる反応に こぎん刺し の凄さを実感しました。横浜の小学生が こぎん の伝統を伝えようとする様子を見守るうちに、理美さんにとっても、こぎん刺し がかっこいいものに思えてきました。

予定不調和のおもしろさ

理美さんは、こぎん刺し がつまらなくなって一度離れてしまったことがあります。本を参考に制作することが、本の答え合わせをしているようで、答えがあることに面白さを見出せませんでした。しかし子供が産まれる頃、親戚が こぎん刺し のことを訊ねてくれたことがきっかけで、久しぶりに材料を手にしたら、またはじめてみたくなりました。

針を運ぶことがとても面白かったという こぎん刺し

とりあえず、刺したいように刺してみよう。
図案は用意せず、直接布に向き合って針を進めながら模様の展開を決めていく。この方向に針を進めたらどうなるんだろう?案の定模様が成り立たなそう。じゃあどうやって辻褄を合わせていこうか。こんなふうに考えながら刺しはじめたら、俄然面白くなってきました。予定不調和に模様が出来上がっていきます。それはアンバランスだけど生き物っぽさを感じるのです。

模様に納得できないと、ひたすら糸を解くこともあります。でもその時間も実りがあったと思えるから苦にはなりません。針が途中から進まず、出来損ないのまま保管している布もたくさんあります。でもこれはまたいつか針が進む時がくる。その時まで熟成します。刺し手の楽しさを見せてくれるのが さとの坊の こぎん刺し です。

製作中の こぎん刺し ブックカバー

現在koginbankのクラウドファンディングのリターン商品としてさとの坊のブックカバーを制作いただいています。このブックカバーは、手に触れた感触の良さや機能性も考えながら、均整な模様でなく、展開の続きを感じたり、意表をついた面白さを表現するために、たくさんの試作を重ねてくれました。短時間でどんどん試作をこなす理美さんの深い集中力には驚かされました。

こぎんに感じる息遣い

古作のこぎん刺し

古い着物の こぎん刺し は古作(こさく)と呼ばれています。当時の着物の布目は、現在の こぎん刺し に使われる布より密度が倍以上細かい組織です。しかも着物に使われた麻布は組織の太さが均一ではないので、布目の数え間違いが当然のように出てきます。実際に古作の模様を図案に起こすと、模様の規則が破綻してしまっている場合がほとんどです。でもその破綻に刺し手の息遣いが感じられ、古作を鑑賞する面白さがあります。

現代の こぎん刺し は布目が大きくなり、模様は断然正確につくることができます。しかし、正確に仕上げた こぎん刺し の織物との差別化をどう図るべきか悩ましくなります。昔の着物のような、刺し手の息遣いを感じる こぎん刺し は、もう実現できないと思っていました。でも、理美さんが制作で追求していることは、古作に見た、刺し手の息遣いを感じる こぎん刺し に近づけるような予感がしています。伝統の模様の美しさを継承しながらも、その伝統の枠組みの中でどれだけ自由に泳げるかを現代の布でチャレンジしようとしています。

上の並んだ2つの こぎん刺し は、理美さんが制作しました。

左は、模様の展開を楽しみながら針を進めることができた作品。

右は、東こぎんの模様を忠実に再現しました。Japan Expoでこぎん刺しの伝統美を紹介するために作成したものです。これがプレッシャーだったのか、左の作品とは真逆に制作は苦行だったと言います。でも達成感は一入でした。この経験は、布目の中で自由に模様を展開していく彼女の力になっています。

どうでしょう、小さな画像越しですが、2つの こぎん刺し の雰囲気に違いを感じますか?左側の作品は、針を進めながら、布の上に色の出る割合も意識したそうです。色使いによって雰囲気は変わりますが、模様が少し違うだけでも全体の印象が違って見えます。古作には見ないモチーフの組み合わせ方に私は現代的な雰囲気を感じます。

今はまだ子供たちが小さいので、大作に集中できる時間を持てませんが、いつか大きなタペストリーの制作に挑んでみたいと理美さん。その作品を見る日が楽しみです。伝統の模様の海をどんな風に泳いでいくのか、さとの坊の こぎん刺し の進化に期待が膨らみます。

koginbank編集部 text・photo:石井






 


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