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unemiさんの暮らす こぎん刺し

2025.05.19


昨年、都内の小さなギャラリーでunemiさんのこぎん刺しに出会いました。
上の画像がそのこぎん刺しです。不均一な太さの糸で織られた木綿に、手紡ぎの羊毛でこぎんの模様を刺したイス敷。そこには手仕事の温かみと、満面の愛らしさが宿っていました。

「こぎん刺しはソウルだと思うんですよね」と話してくれたunemiさんのあの時の言葉が、今も心に残っています。

先月、東京の桜が終わる頃、桜前線を追いかけるようにして、水戸のunemiさんを訪ねました。

憧れの作家をやってみよう

unemiさんが作家として歩み始めたのは2011年のこと。
その前年、ご主人の転勤で東京から仙台へ引っ越しました。これを機会にと、パタンナーからのキャリアチェンジを目指して、職業訓練校で建築関連の技能を習得していた矢先に、東日本大震災が発生します。

就職どころではなくなり、復旧に追われる最中。自らもボランティア活動にいそしんでいたら、仲間の菓子職人が自宅工房からキャリアをスタートしたことを知りました。「自分にもできるかもしれない。」ーそれは、東京で生活していた時は高嶺の花だった憧れの“作家”という生き方。人生で一度くらいは挑戦してみようと踏み出しました。

お試しで参加した初めての手づくり市では、想像以上に多くの人に作品が受け入れられ、お客さんとの会話も楽しかったといいます。そこから少しずつ、ボランティア仲間やクラフトイベントでの出会いを重ね、作家という生き方を自らのものにしていきました。

暮らしが仕事

unemiさんのご自宅に伺うのは4年ぶり、2度目です。
この4年間で、ご主人の転勤のため東京から茨城県水戸市へ。はじめての戸建て暮らしを楽しむ日々の中で、念願だった庭仕事にも精を出しています。ただ、階段の上り下りが制作時間に少し響いてしまうのは悩みの種のよう。それでも、場所が変わっても変わらない心地よさをつくりだすセンスと、進化を感じさせる水戸での暮らしぶりを拝見できたことは、今回の取材の大きな学びになりました。

「昔は掃除機もかけないような部屋で暮らしてたくらい。実は雑でめんどくさがりなんですよ。」と笑うunemiさん。だから、家事のモチベーションを維持するために、お気に入りの道具で空間を固めて、快適さを担保しているのだとか。生活を見直すなかで、便利だと思っていた家電製品が、メンテナンスの手間が余計で嫌だということに気づきました。その家電を職人がつくる手仕事の道具に変えると、“道具を使う”以外の手間が減り、むしろ楽に。そして何より、その道具を使うことが楽しい。

職人の実演を見て購入した道具は、使うたびに、あの時の職人の姿が思い出されるといいます。
「自分の暮らしは、道具をつくる職人たちに助けられている」
そう実感するようになりました。

unemiさんの日々の暮らしの機微は、制作の素になります。作家になる時、暮らしに役立つ道具をつくりたいと思いました。会社勤めをしていた頃は、会社での仕事と家の家事を両立していました。けれど、ものをつくる会社の仕事は自分の暮らしと切り離されていました。自らがつくる暮らしの道具は、自分の暮らしの中からうまれてこそ。プライベートな暮らしをつくることも作家としての仕事なのです。

仕事が暮らし

unemiさんの制作は、専用のこぎん布を使いません。
こぎん刺しを知った当初から、その技法が発揮できる「日常使いの布」を探求してきました。布好きの原点である麻布はもちろん、綿や羊毛もこぎん刺しを入れることでより良く、丈夫な道具として活躍する布。そして使っていくほどに美しい日用品になれる布。

自らつくりながら、使いながら、経年変化を観察して、使う人の暮らしに長く役立っていけるものを追求しています。

「他では見ないこぎん刺しですね」と言われることも多いそうです。
私も同じ印象を抱いていました。今回の取材で、それがどこから来ているのかを知りたかったのです。

なぜそう思われるのか、unemiさん自身はあまり意識していないようです。でも、お話の中に答えがありました。それは、「こぎんありきのものづくりではない」ということ。

布をより良くする手段のひとつとして、こぎん刺しを選んでいるのです。
こぎん刺しは技術としてシンプルで、誰でも習得しやすい。だからこそ、「お金をいただく作品をつくる以上、誰でもできる技術をそのまま売ってはいけない」—これはunemiさんが作家を志す際に心に刻んだ思いです。

作家が自分にしか作れない価値を見つけていく作業の1つ1つは、案外誰にでもできることです。けれども、主観と客観のせめぎ合いで見極める着地点と、そこから繰り返される地道な試行錯誤が積み重なると、作家自身も想像していなかったオリジナリティが見えてくるのかもしれません。どの作品を手にとっても、制作の気づきを教えてくれるunemiさんの言葉にそう思いました。

ソウルフルなブランケット

こちらは、14〜15年前にunemiさんが最初につくったこぎん刺しのブランケット。
仕立ても模様のズレもひどいものなんです。—とunemiさん。
それでも、「このブランケットを超えるものは、まだ作れていないんです」とも。

模様に使われている糸には、手紡ぎの毛糸があります。脆く壊れやすいため、糸を継ぎながら模様を刺していく果てしない作業でした。でもこの毛糸で模様をいれたら絶対素敵になると信じて、拙くても素敵な布を目指してつくりたいunemiさんの一心が込められています。

時折外に持ち出すと、不思議とこのブランケットに声がかかるのだそう。
愛おしそうに手に取って見せてくれたブランケットには、長く使い込んだ風合いとコーヒーの染みが残り、それすらも尊く、美しく見えました。

手仕事は循環する

unemiさんにお話を伺って、今まではこぎん刺しを含め多くの手仕事には「温かみがある」というぼんやりとした印象止まりだったのですが、クラフトの世界は人の熱が循環する平和で優しい世界なのではないか。と気付いた取材でした。

誰かがつくったものが、自分の生活を豊かにし、その生活からまた、誰かの生活を豊かにするものが生まれる。その循環の一端を担うことで、自分の生活も自然と律されていく。

でもそれは決して孤独なことではなく、手に取る道具の向こうで作り手が支えてくれている。

この循環が腹落ちできるスピードで、クラフトの世界はまわっている。これって健全な生活なんじゃないかと思うのですが、もはやそんなこと言っていられない時代なのでしょうか。現実社会では、人の認知を超えるスピードで経済が動いています。そんな世界で働く人が大多数な訳で、クラフトで生計をたてることが限られた人にしかできないことが寂しいです。それでも、インフレの今、絶望しか見えなかったところに、一筋のあたたかな光を見た取材でした。

展覧会情報

こぎん刺しは、衣類を丈夫にするための刺し子から発展した技術です。
その本質を、現代の暮らしにも役立つ道具として届けてくれるunemiさんの個展が、北海道で開催します。

「皐月乃風 ちくちくこぎん」
会期| 5/23(金)〜 6/8(日)の 金・土・日
時間| 13:00 - 17:00
場所| Gallery teto²(北海道由仁町山桝 995)

「皐月乃風 ちくちくこぎん」
会期| 5/23(金)〜 6/8(日)の 金・土・日
時間| 13:00 - 17:00
場所| Gallery teto²(北海道由仁町山桝 995)
https://instagram.com/tetoteto1969


最新の出展情報は、unemiさんのインスタグラムをご覧ください。
👉 https://www.instagram.com/_unemi

koginbank編集部 text・photo:石井






 


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