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こぎん刺しに命を導かれた朝子さん

2020.03.25


koginbankでは活動を通じて、こぎん刺しをされる方に沢山お会いします。病気がきっかけで、こぎん刺しに目覚めたとか、病気療養としてこぎん刺しを楽しむ人が多くいらっしゃいます。こぎん刺し 朝小布 annKoginの長田朝子さんも病気がきっかけで、こぎん刺しをはじめました。朝子さんは今も、全身性エリテマトーデスと間質性肺炎、大腿骨頭壊死症という3つの指定難病を抱えています。

 

埼玉にお住いの朝子さんですが、弘前でも大阪でも、全国どこのイベントに行ってもお会いします。ハツラツとしていて、どのイベントも自分で車を運転して行く彼女が「自分がこの歳まで生きれるなんて考えられなかった」と言う言葉に驚いてしまいました。

 

 

朝子さんは2007年、病気の家族をサポートするため、カナダでの美容師の仕事をやめて日本に帰国しました。しかし、翌年2008年に全身性エリテマトーデス(SLE)を発症し、自身が難病と向き合う人生がはじまりました。

 

全身性エリテマトーデスは膠原病の一種で自己免疫疾患という、正常な体組織を攻撃し、痛みや炎症を伴う原因不明の病気です。朝子さんの場合は、通院と薬で症状を抑えて日常生活を送ることができました。

 

2011年秋には、病気のことを理解してくれるご主人と結婚し、新生活が始まったのですが、そのわずか4ヶ月後にSLEの合併症による間質性肺炎の急性増悪で緊急入院。幸い一命を取り留めたものの、肺の20%の機能を失いました。

 

体の痛みや苦しさで動くこともままならない毎日になりました。歩いても、喋るだけでもすぐに息が上がってしまいます。肺機能が20%失うということは、肺活量が減り80歳代の肺年齢なのだそうです。医師からは、この先5年以内に酸素ボンベを携行することになるだろうと言われていました。

 

同じ病気の人は発病後15年生存率が低いことを知り、自分も同じ道を辿るのだろうか、酸素ボンベになったら自分は言いたい事があっても諦めるだろう。動けない、会話もままならない自分のそばに夫はいてくれるのだろうか?

 

何とかしたくて動きたいのに、痛くて苦しくて、動けない自分が情けなくて、気持ちがどんどん追い詰められて行きました。

 

 

子供の頃から憧れた美容師の仕事は諦めなければなりません。自分の保険金のことを冗談のように夫と話し合ったりもしました。でも、こんな人生に負けたくはありませんでした。なんとか自分が生きる術を見つけたい。社会とつながれる糸口を見つけたい。好きなものづくりで何か自分にできることはないか、とにかく探しました。でも、どれも専門知識や資材と、習得に大きな投資が必要でした。

 

そんな時、好きな北欧の陶芸家を調べていたら、日本の文化の影響があることを知り、こぎん刺しにたどり着きました。その時までこぎん刺しの存在すら知りませんでしたが、調べるうちに興味が湧いて来ました。

 

こぎん刺しはシンプルな素材で感動的な表現ができることにすごく魅了されました。それに、いつ病状が急変するかわからない自分には、制作が自己完結できるのも好都合でした。こぎん刺しにのめり込んでいきました。

 

 

少しずつ不自由な身体をコントロールする感覚が掴めるようになった矢先、朝子さんの身体に、さらに追い打ちがかかります。2013年、薬の副作用による両足の大腿骨頭壊死が見つかりました。

 

これは、股関節の一部の骨組織が壊死し、破壊されてしまう病気です。原因がいまだ十分に分かっておらず、国の指定難病になっています。今度は歩くこともままならない。ますます身体は苦しくなりました。

 

 

間もなく青森県弘前市で毎春開催されるこぎんフェスがあると知り、夫に弘前へ連れ出されました。行ってみたら興味津々で時間が足りないくらいでした。改めて再訪し、じっくりこぎん刺しを深めて行きました。そして、自らもこぎん刺しを本格的にはじめるようになりました。

 

その年の秋には、東京で開催されたデザインフェスタに、制作したこぎん刺しを携え出店しました。ブローチやスマホケースなどの小物を作り持っていきました。この頃の朝子さんは、やろうと思ったことを先延ばしにしたくありませんでした。また突然、急性増悪の時のように動けなくなってしまうかもしれない。もしかしたら死んでしまうこともあるかもしれない。だったら自分の作ったものを世に残していきたい。不恰好かもしれないけれど、それは自分が生きた証になる。朝子さんは作家になろうと決めました。

 

 

デザインフェスタで手ごたえを感じ、翌年の2014年春には弘前のこぎんフェスに初参加しました。しかし、その時のお客さんの反応はデザインフェスタの時と違いました。こぎん刺しの伝統的な模様や色合いから離れた北欧テイストのカラフルな朝子さんの作品に、これがこぎん刺しなの?と反応は冷ややかだったようです。

 

そんな反応に悩んでいた朝子さんに「あなたらしさで行きなさい」と、背中を押してくれたのは、弘前でこぎん展示館を運営している佐藤陽子さんでした。

 

 

まだまだ体調は万全ではありませんでした。どこに行くにも夫のサポートは欠かせず、痛みに耐えながらの出店でした。それでも自分の作品を携え各地のイベントに出店しました。調子が良いときは杖を使わず歩いてみる。杖なしで歩けるようになったら、今度は荷物を持って歩いてみる、イベントの度に少しずつ動きに負荷をかけてトライしていきました。

 

そうして病気で出来なくなってしまっていたことを少しずつ取り戻し、健常者と変わらない日常生活を送ることができています。この2~3年は、各地のイベントに一人で出店しています。

 

 

朝子さんは昨年40歳を迎えました。間質性肺炎で一命をとりとめた時、生きているだろうかと不安だった未来を元気に迎えることができました。今、本当に冗談になったから笑い話にできると私に話してくれました朝子さんですが、闘病の苦痛は身体だけではありません。精神的ダメージも相当なものでした。夫婦の関係は何度も壊れそうになりました。

 

夫婦の間にとてつもない不安と緊張が走っていただろうと思うと、朝子さんの話に笑いながら涙が出てきました。生き抜いた彼女の精神力もさることながら、先が見えない闘病を、見守り支え続けたご主人の強靱な精神力にも感服します。

 

 

朝子さんは現在も定期的に通院しながら、車で各地のイベントに参加しています。昨年から弘前市内にアトリエを構え、月に1度は車で青森にも通っています。フットワークの軽さ然り、弘前に拠点を作る気合いに驚きます。

 

いつも弘前を去る時には後ろ髪引かれてしまうからと、思い切って拠点を設けました。朝子さんは、こぎん刺しの作家活動だけで生活を立てている稀有な作家ですが、このことに関しては夫に相談しました。「人生短いからやりたいことはやっておけ!」と言ってくれました。

 

 

イベントは自分にとってパワースポットだと朝子さんは言います。時間をかけて手作りした作品を全国から一堂に介して、しかも皆が手作りのディスプレーでお披露目している。これはスゴいことだと。ここに来るまでにエネルギーを注ぎ込んだ作品を持って集まり、それが多くの買い手へ渡っていくエネルギーの循環がある場でもあります。

 

朝子さんはここまで病気が回復できた一番の要因は、イベントで出会う人とのコミュニケーションだと言います。お客さんの声が次の制作のヒントになったり、憧れの目標とする作家に出会えたり、ここで出会う人のお陰でまた来ようと思う。そのためには自身の体力も作家としての素養もレベルアップさせなければなりません。この場所で生かしてくれる人たちに出会うために、こぎん刺しが朝子さんを導いてくれたのかもしれません。

 

 

派手な色合いが好きだという朝子さんのこぎん刺しは、意外性のあるパンチの効いた色合いが楽しい作品です。作品のクオリティと自分らしさを常に追求しています。刺し糸は自身で染めたオリジナルです。微妙なニュアンスでカラーバリエーションが豊富に並んでいるのは、うっとり見入ってしまいます。染料の配合が楽しくて、どれも染料を組み合わせて色を出しています。このときは、諦めた美容師の感覚が蘇る嬉しい時間でもあります。

 

 

最近は、作品の色合いが年齢とともに無意識にシックな傾向になっていることに気づき、作品のカラーラインナップに明るめの色を意識しています。時には客観的に自分の制作を振り返り、こぎん刺しの表現の独自性や製品の仕立て技術も向上への研鑽は欠きません。

 

今年は新しいプロジェクトを作家仲間とスタートさせました。9月には飛騨高山でその作品展が決まり、準備をすすめています。

harcogui & annKogin  
こぎんと織りとキモノ 「こぎもの展」
【会期】2020年9月29日~10月6日
【会場】 岐阜県高山市上三之町37   
                  高山うさぎ舎 土蔵ギャラリー

 

 

こぎもの展インスタグラム

 

取材の後、朝子さんは闘病を振り返りこんなメッセージをくれました。

 

・・・・・

 

あの頃は、林先生の「いつやるの?いまでしょ!」が流行り、その言葉に背中を押されるまま、いろんな事を旦那は一緒にやってくれました。

 

自分が情けなくて、生きる事が苦しみでしかなかった私でしたが、それでも運命に負けたくないともがいていました。 こぎん刺しが、私を社会に戻してくれて、仲間に出会わせてくれて、美容師に変わる新しい未来を見せてくれました。そしてこぎん刺しには、技法だけではなく、背景や歴史など未解明な部分にも惹きつけられます。ほとんどひきこもっていた私には全く考えられない姿です。

 

旦那に、何故弘前にアトリエを持ち、行ったり来たりする生活を許してくれたのか?と聞くと、「これだけ元気になった朝子のやりたい事をダメだと言う理由がない」んだそうです。実家も犬3匹の面倒を率先してみてくれ、周りの人のサポートあって私はやりたい事を叶えられています。私が楽しむ姿が、誰かの希望になったり、家族を安心させられたり、お互いの笑顔に繋がることで、私は私らしくあっていいんだと、自信になっているような気がします。

 

・・・・・

 

朝子さんが教えてくれた、”パワースポット”が私には印象的でした。朝子さんはいつもハツラツとしていて、ほんとに元気だなぁと思うのですが、言葉を交わした後は私もポジティブに頑張ろうと思える気持ち良さが残ります。もしかしたら、パワースポットのエネルギーを朝子さんから分けてもらっているのかもしれません。

 

様々なハンドクラフトの中でも刺し子は作り手のエネルギーが作品に特段多く込められていると思うのです。中でも、こぎん刺しは、色を選ぶ楽しみや、コツコツ積み上げて美を生み出す喜びと達成感が、人に心身の健やかさをもたらす利点があると私は考えています。沢山お会いして、お話を聞く中でも、こういう側面に救われている人は多いように思えます。

 

でも、朝子さんの場合はそれだけに留まらず、その利点を最大限生きるための武器にしているんだと、イベントで客さんに向き合い、こぎん刺しに向き合い、日々作家人生を積んでいる姿に大切なことを教えて貰いました。

 

 

朝子さんの最新の活動情報はこちら>>こぎん刺し 朝小布 annKogin

インタビュー:koginbank編集部 text:石井、photo:鳥居






 


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