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こぎん刺しの布を考える2 – 失われた麻布の話 –

2026.06.29


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はじめに

普段、麻の衣類を着ていて、綿に比べてどうも傷みやすいと感じたことはありませんか。袖口がすぐにすり切れたり、生地が薄くなっていくのが早かったり。麻という繊維そのものが、それほど丈夫ではないように思えます。

これまで沢山の古いこぎんの着物を見せてもらいました。実際に触れたり、着用させてもらうこともあります。こんな体験を提供する施設では多くの人の手に触れられ続けてきたにもかかわらず、こぎんは不思議とずっと変わらない姿で今も多くの来館者を魅了しています。日常着ている麻のイメージとは、まるで違う丈夫さです。

それらの古い着物の繊維を間近でよく観察すると、私たちが普段纏っている麻布の繊維と何かが違うのです。太さだけではなく、糸の感じがなんか違う。もしかして、今と昔では『麻』そのものが違うのではないか?そんな疑問からこの記事では、こぎん刺しに使われてきた麻布の正体を探っていきます。

第1章|麻という繊維の基礎知識

「麻」は植物表皮の内側にある靭皮繊維、または葉茎などから採取される繊維の総称を指す言葉です。実際には大麻(ヘンプ)、苧麻(ちょま、からむし)、亜麻(リネンの原料)、黄麻(ジュート)など多様な種類があり、植物としての種類も繊維の性質もそれぞれ異なります。

(左)からむし(右)大麻

1-1|日本は大麻と苧麻の二つ

日本で古来から使われてきた麻は、主に大麻(ヘンプ)と苧麻(ラミー)の2種類でした。苧麻は献上品として扱われるような上質な繊維で、栽培にも手間がかかります。一方、大麻は庶民の衣食住を支えてきた農作物で、神事に使う縄や、麻の実(おのみ)として食用にも使われ、苧麻に比べてより広く民衆の布として使われていた作物です。

ただ、現在の衣類や布製品の品質表示では大麻(ヘンプ)は「麻」の表示ができません。1962年に施行された家庭用品品質表示法により、「麻」の表示ができるのはリネン(亜麻)かラミー(苧麻)だけになり、当時既に生産が衰退していた大麻布は単に「麻」と表示することができなくなりました。現在、こぎん刺し用として流通する「麻布」は、ほとんどがリネン(亜麻)かラミー(苧麻)です。

1-2|「麻」と「違法薬物」の混同

「大麻」という言葉を聞くと、違法薬物としてのイメージを持つ人も多いかもしれません。しかし、これは「インド大麻」という日本在来の大麻とは別の植物になります。インド大麻はマリファナの原料となる植物で、花穂や葉に成分(THC)を多く含みます 。一方、日本で古くから栽培されてきた大麻はTHCの含有量が低く、栽培が盛んだったころも麻薬として使われる習慣はありませんでした。

第2章|江戸期の麻布はどのように作られていたか

2-1|栽培から糸へ

当時の麻布は、農家が自家栽培した麻を、収穫・水に浸して皮を剥き、取り出した繊維を乾燥させるところから始まります。糸にする工程は「手績み(てうみ)」と呼ばれ、繊維を指先で細く割き、つなぎ合わせて一本の糸にしていく手作業でした。なるべく長い糸をつくるためには、長くまっすぐに植物を育てる手間が欠かせません。

2-2|手機で織られた布の特性

この糸を手機で織ると、経糸を密に詰めて織るため、手で打ち込む緯糸の間隔が経糸間隔より広く隙間ができる構造になります。この隙間があることで、こぎん刺しは後から針を通して模様を刺すことができたと考えられています。

2-3|津軽のこぎん布

木綿が津軽に入ってくる以前は、刺し糸は苧麻でした。こぎん刺しに使われた麻布の大半は大麻で、苧麻は栽培の手間がかかり、大麻ほど作付け面積はありませんでした。それだけに上等な布として重宝されました。こぎん刺しが盛んになると、晴れ着用の布地としても活用されるようになったようです。

また、現存する古作のなかには、繊維が平らに潰れているものがあります。これは布目の隙間を塞ぐために、布を砧(きぬた)で打っていた跡だと考えられます。布目を可能な限り塞いでいく工夫は模様以外のところでも確認できます。

第3章|現代の工業製糸・工業織布との比較

3-1|現代の「麻布」の実態

現在こぎん刺し用として市販されている麻布は、リネン(亜麻)が主流です。リネンの原産地は小アジア地方とされていますが、現在の主産地はフランス北部やベルギーなど比較的寒冷な地域に移っています。この2国が世界のフラックス(リネン原料繊維)生産の大半を占めているとされていますが、紡績が中国に集中しているため、実際に販売されているリネンの原産国表示には、フランス・ベルギー・中国が多く見られます。

リネンの花

3-2|工業紡績で何が変わったか

機械による紡績では、バラバラに切断した短繊維を紡ぎ、強い撚りでまとめて糸にします。その結果、糸は細く均質になり、布に織ると経糸・緯糸ともに規則正しく詰まった仕上がりになります。布の均質化と生産性の向上が実現しましたが、その引き換えに、かつての日本の麻布が持っていた強さやしなやかさとは別物の布に変容してしまったといえるでしょう。

3-3|機械紡績と手績み、糸としての本質的な違い

(左)乾燥した茎の繊維を細く割いて糸にした苧(右)ラミー紡績糸

繊維を糸にする工程には、大きく二つの道があります。手績みは、茎から取り出した繊維をできるだけ長いまま使い、端と端を重ねながら撚り合わせて一本の糸にしていく方法です。一方、機械紡績(紡ぐ)は、繊維をバラバラに切断し、少しずつより合わせて長い糸をつくります。

手績み糸は繊維をほぼそのままの長さで活かしているため、糸の中に含まれる繊維の継ぎ目が少なく、引っ張られたときに繊維そのものの強さがそのまま糸の強さとして働きます。短繊維では出せない強さです。

さらに手績み糸は、強いだけでなく伸び率も保たれており、引張に強く、しなやかさを失わない柔らかくて丈夫な糸になります。均質さと生産性を優先する機械紡績では、この「強さとしなやかさを両方持つ」性質までは再現できません。大麻は特に繊維が細く短く、表面が平滑で撚りをかけづらいため、亜麻や苧麻に比べて機械紡績そのものに向かない繊維でもあります。

第4章|昔と同じ布は手に入らないのか

4-1|大麻繊維が急激に消えた経緯

藍染の古布をデニムの補強に使ったもの。ほつれた繊維の感触から麻と思われる。

かつて日本では多くの庶民が自家栽培の麻布(大麻)を衣類としていましたが、今はすっかりなくなってしまいました。そのきっかけとなった大麻の規制は、日本国内の事情からではなく、海外の動きに連動して始まりました。1925年の国際アヘン条約により、精神作用の強い「インド大麻」が国際的に麻薬として指定されます。これを受けて1930年、日本でも麻薬取締規則が制定されますが、この時点では、向精神作用の少ない日本在来の大麻は、インド大麻とは別物として規制の対象外とされていました。

戦後、在来種とインド大麻の違いを考慮しないGHQにより、1945年に栽培全面禁止の命令が下されました。政府は生産維持を求めて折衝し、1947年に繊維・種子目的の栽培が暫定的に認められます。翌1948年にはこれを法制化する『大麻取締法』が制定され、免許制が確立されました。これは生産者を守る目的で、本来は1952年の主権回復で廃止されるはずの暫定措置でしたが、見直されることなく今日に至っています。

法律による制約だけが理由ではありません。拍車をかけたのが高度経済成長です。栽培から手績みまで人手のかかる大麻布は、戦後普及した化学繊維に需要そのものを奪われていきました。さらに1960年代、欧米のヒッピー文化のなかでマリファナ喫煙が広がると、「大麻」という言葉に薬物のイメージが強く結びつき、農作物としての大麻は、その影に隠れるように存在感を失っていきます。

「大麻」という一つの言葉で、繊維植物と麻薬が同じものとして扱われてしまったことによる法的規制。そして、手間のかかる手仕事が効率の高い化学繊維に取って代わられたこと。さらに、薬物としての負のイメージ。これら三つの要因が重なり、大麻による手績み糸は、原料の段階から急速に作れなくなっていったのです。 

4-2|苧麻もまた、別の理由で希少になっている

手績みの苧で織った小さな布

大麻と異なり、苧麻の栽培には免許が必要なく、現在も合法的に栽培されています。本州では福島県昭和村、沖縄県宮古島などで栽培が続けられ、国の重要無形文化財である越後上布・小千谷縮や宮古上布の原料として今も使われています。

しかし、手仕事でしか実現できない丈夫でしなやかな品質は、需要を満たす代替可能な工業繊維の普及に押され、栽培や苧引きといった伝統技術の継承は危機的な状況にあります。結果として、苧麻は現在、昔以上に希少で高価な素材になっています。

現在こぎん刺し用に流通する麻布の原材料はほぼ輸入です。わずかではありますが、ヘンプ(大麻)も輸入繊維として入手できます。しかしこれらは、紡績の工程が違うので糸の構造や性質も当時とは異なります。これらの輸入繊維は「麻布」ではあっても、昔の日本の麻布とは違う麻布なのです。

【参考】からむし(苧麻)の栽培から布ができあがるまでは、株式会社奥会津昭和村振興公社の公式サイトで詳しく紹介しています。長い糸をつくるために長くまっすぐ育てるところから手間暇かけ、布が出来上がっていきます。

おわりに

古作のこぎんを、当時と同じ素材から復元することは、今のところ難しいのが現実です。

しかし、大麻という植物自体は今、世界的に見直され始めています。海外ではサステナブル素材としての需要から、いわゆる「グリーンラッシュ」と呼ばれる動きが起こっており、日本国内でも、繊維としての栽培・生産を試みる人たちが現れ始めています。環境負荷の低さや機能性など、大麻という植物が持つさまざまな効果に改めて注目されています。リーバイスやMUJIなど、ヘンプをサステナブル素材として製品に取り入れる動きも広がってきました。

海外でのヘンプの収穫

こうした流れのなかで、近い将来、当時の手績み大麻布に近い質感を持つ糸や布が、再び作られるようになる可能性はゼロではないのかもしれません。寧ろ、これからの新しい技術によってかつては不可能だった日本の麻糸が実現できるのではないかと感じています。

参考文献・出典

  • 大麻博物館 著『日本人のための大麻の教科書――「古くて新しい農作物」の再発見』イースト・プレス、2021年(ISBN: 9784781619804)
  • 横島直道 編著『津軽こぎん』日本放送出版協会、1974年
  • 佐久間裕美子 著『真面目にマリファナの話をしよう』文藝春秋、2019年
  • FINDERS「無印良品の『大麻(ヘンプ)』で作ったシャツやブラウスが好調。法改正を前に『産業用大麻』の活用が続くワケ」2023年8月7日 https://finders.me/kqFQpDM4NTM
  • 日本麻紡績協会「リネン(亜麻)について」https://asabo.jp/knowledge/linen/
  • 日本麻紡績協会「ヘンプ(大麻)について」https://asabo.jp/knowledge/hemp/
  • 無印良品「素材を求めて」https://www.muji.net/lab/blog/sozai/024749.html
  • 「大麻取締法」Wikipedia
  • 「大麻取締法」日本大百科全書(ニッポニカ)
  • 「麻 (繊維)」Wikipedia







 


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