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こぎん刺しに生きる ― 木曜会・高木さんの歩み

2025.09.25


東京・日本橋人形町に「株式会社こぎん刺し木曜会」という会社があります。こぎん刺しの制作や書籍の出版、講座の運営を手がける会社です。その代表を務めるのは、今年90歳を迎えたいまも、新しい作品を生み出し続けている高木裕子さんです。 

こぎんとの出会い

高木さんは京都で生まれ、幼少期は北海道で育ちました。冬の長い北海道では、母や祖母が暖炉のそばで針仕事や編み物をする姿が日常の風景。そんな時間を眺めながら、自分でも着物の絵柄を描いて遊んでいたといいます。

そんな彼女がこぎん刺しに出会ったのは、社会人になってから旅行で青森を訪れたとき。旅の記念に持ち帰ったこぎん刺しを分解し、「どうやってできているんだろう」と仕組みを調べ、自分でも刺してみたのがすべての始まりでした。

こぎん刺し木曜会の高木さんが描いた図案の数々
こぎん刺し木曜会の高木さんが描いた図案の数々

 生まれる無数の図案 

高木さんはこれまでに5冊のこぎん刺し図案集を出版しています。その中には、本人も数えたことがないほどのオリジナル図案が収められています。ひとつひとつが斬新で繊細で、伝統を忠実に守るだけでは到達できない自由さがあります。

こぎん刺しの工程で図案制作がいちばん「好き」だと言う高木さんの目はひときわ輝きます。街を歩きながら素敵なデザインを見つければスケッチ帳に描きとめ、家に持ち帰って図案に仕立ててみる。そんな時間は仕事でもあり、遊びでもあったのでしょう。

若い頃は大手自動車メーカーで図面制作にも携わっていたことがある高木さんです。実際の制作図案の数々は線がとても精密です。大作となれば、机からはみ出るほどの大きな方眼紙に手描きした図面を、数枚組み合わせて1つの作品となります。布に作品を作る前の準備の段階でも途方もない時間を要します。

でも図案は作品の広がりをつくります。図案を見て制作オーダーをいただいたお客様には、好みに合わせて図柄を描き加えることもあります。また、これらの図案で制作する生徒さんは自由にアレンジを加えることもあります。そうしたやりとりを通じて図案は進化し、作品は常に変化していきます。その様子に高木さんは、「新しさが入ってきて面白い」と言います。 

この金魚の作品も構図や背景が少しずつ変化していくつも制作されてきました。

個人にとどめない活動の広がり

高木さんの活動で特徴的なのは、個人の趣味や教室にとどまらず、法人を設立して運営してきたことです。特別な思い入れからではなく、自然と依頼が増えて会社にする流れになったそうです。しかし、伝統工芸の多くが個人の情熱に支えられる中で、法人を継続して運営することは決して容易ではありません。

木曜会は展示会や販売を国内外で積極的に展開し、伝統を守りながらも新しい挑戦を続けてきました。その姿勢は、伝統工芸が時代の中で生き延びていくための大切なヒントを示しているように思えます。

~過去のレポートより~

木曜会では毎年5月に都立美術館で開かれる悠美会国際美術展に出展してきました。生徒の皆さんが1年の時間を費やした大作が一堂に並びます。

「よそ者」だからこそ

高木さんの出展する作品展では、青森にゆかりのある人々が懐かしそうに作品を眺め、声をかけてくれるのだそうです。しかし時には「作品は素晴らしいけれど、あなたはよそ者でしょう」と言われることもあったとか。この話の時、高木さんは決まってニヤリとした顔を一瞬するのです。たぶん、一見すれば疎外を感じさせる言葉ですが、むしろ“よそ者”だからこそ自由に創作ができたのだ ——高木さんはそんなふうに受け止めているのだと思います。

 伝統は正しく伝えるだけでは長く続きません。新しい要素を取り入れる革新性があってこそ現代に生きるものになります。でも、それを打ち出すには大きな勇気がいります。だからこそ、土地に縛られない立場だった高木さんは、周りの期待に応じながらも伸びやかに新しい世界を切り開くことができたのかもしれません。

2021年に発表したこぎん刺しの東海道五十三次の1つ。戸塚宿

こぎん刺しは地域に根ざしつつ、時代とともに形を変えて受け継がれてきました。その歩みの中で、高木さんが果たした役割は決して小さくありません。60年を超える活動の歴史は、ひとりの作家の人生が文化そのものに結びついていくことを教えてくれます。

現在も高木さんは毎日欠かさず会社に出て、手を動かし続けています。ただ、活動の規模はこれから縮小していくとのこと。少し寂しい気もしますが、その分これまでの歩みを知り、残していくことがますます大切になっていくのでしょう。

 おわりに

「こぎん刺し木曜会」という名前。なんで木曜日なの?と思うと同時に絶対忘れない名前です。この「木曜会」の名付け親は昭和史に名をはせる政治家・田中角栄でした。彼の直筆が今もこぎん刺し木曜会の看板になっています。

高木さんが活動をはじめることを叔父に相談に行った時、田中氏が偶然居合わせ「今日は木曜日だから木曜会でいいじゃないか」と命名してくれました。政界に近しい叔父だったので、高木さんにはごく日常の出来事なのかもしれません。「政治家が付けそうな名前だけど、結構いい名前でしょう!」と朗らかにおっしゃいましたが、登場人物の強烈さと、即興的なネーミングのギャップに衝撃が過ぎました。

『こぎん刺し木曜会』公式サイト

koginbank編集部 text・photo:石井






 


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