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こぎん刺しの楽しい!かわいい!を発信 こぎんマガジン

親子三代で繋ぐこぎんのバトン

2019.11.21


こぎん刺しが全国に知れ渡るようになったのは昭和7年発行された「工芸」14号ですが、これ以前の大正時代から、東京の百貨店では古いこぎん刺しを活用した製品が販売され、またこぎん刺しは骨董としての価値も見出され、津軽の農家に眠っていたこぎん刺しは随分東京へ流通しました。しかしこぎん刺しも限りある物なので、集められる数は次第に減り、収集する人もいなくなりつつある昭和30年頃、厳しい状況にもかかわらず熱心に古作のこぎん刺しを集めた女性がいました。現在91歳の石田昭子さんです。

今年の8月、昭子さんを訪ねて青森県弘前市岩木地区のご自宅へおじゃまし、昭子さんの娘さんの眞理子さん、孫娘の舞子さんも一緒に親子三代揃ってお話を伺いました。

 

左から娘の眞理子さん、昭子さん、お孫さんの舞子さんです。三人の背景の襖には昭子さんのこぎん作品が嵌められています。

 

証のこぎん刺し

こぎん刺しを集めだした昭和30年頃は、分家した昭子さんの新たな生活が始まっていました。それ以前は、ご主人の両親・兄弟家族と本家で生活をしており、三男の嫁であった昭子さんは日々農作業や家事に終われ、自分の時間は全くなかったと言います。本家を出てから、多少の時間が都合できるようになり、こぎん刺しを集めはじめたのですが、ご主人の許しは得たものの、快く賛成してくれた訳ではありませんでした。そんな中で、家の仕事に支障がない農閑期や冬の限られた時間を費やし、歩いて集めたこぎん刺しは200点程あったと言います。

昭子さんが収集を始めたその当時、大正から昭和の初期まで古作のこぎん刺しを集めていた人の話では、集められる種類も少なく、珍しい模様のこぎん刺しは1万円でも入手困難だと言われていたようです。(「津軽こぎん」横島直道 編著より)

弘前のような大きな街での入手は見込めないと思った昭子さんは、周辺の農村集落で代々継がれているような古い農家を、車の運転ができないので、バスや鉄道、徒歩で訪ね歩き蒐集しました。娘の眞理子さんは、子供の頃、昭子さんがこぎん刺しの風呂敷包みを肩に背負い、手にも抱えて家に帰ってきた姿を覚えています。風呂敷包みを広げるとずっとタンスに眠っていたような古臭い匂いが広がるので、居間から離れた部屋で集めたこぎん刺しを広げていたそうです。

 

 

昭子さんが蒐集していた時間は数年もありませんでした。蒐集しつつも、多少の生活の足しになるのならと、手放したこぎん刺しもありました。もうこれ以上探しても古いこぎんは出てこないからやめようと思った時には、手元に残っていたこぎん刺しはわずか35点程。これらも昭子さんは手放そうと思っていたそうです。ご主人にこぎん刺しの蒐集はもうやめると話した時、「せっかく歩いて集めたのだから、証としてとっておけばいいよ。」と言ってくれて残ったのが、見せていただいたこぎん刺しでした。

この当時昭子さんは、青森ホームスパン(現こぎん研究所)の横島直道や、青森県民藝協会創設者で弘前の民芸店「つがる工芸店」の相馬貞三に蒐集したこぎん刺しを披露したことがありました。特に相馬は、こぎん刺しを借りて記録をしていたのではないだろうかと昭子さんは言います。弘前市街に行くたびにつがる工芸店に立ち寄り油を売っていた昭子さんには、いつも古いこぎん刺しを着て店に立つ相馬の姿が印象深かったようです。

 

長い眠りから覚めた

昭子さんのこぎん刺しは、蒐集をやめてからずっと長く自宅のタンスにしまわれていました。孫娘の舞子さんは、昭子さんの集めた古いこぎん刺しの存在を知りませんでした。昭子さんは自らも沢山こぎんを刺されていたのですが、参考にしたのはもっぱら実用書。集めたこぎん刺しを見て刺すことはありませんでした。そして、こぎん刺しをする昭子さんの姿を見て、眞理子さんも舞子さんも、こぎん刺しをやってみようと思ったことはなかったそうです。学校で習う機会もなく、昭子さんからこぎん刺しを進められることもありませんでした。なので、ずっと三人の中にこぎん刺しが介在することはありませんでした。

 

上の写真のこぎん刺しは全て昭子さんの作品です。この他にも襖や座布団、部屋の随所に昭子さんのこぎん刺しがありました。

 

昭子さんの集めたこぎん刺しがタンスから出てきたきっかけは、2012年に出演したNHKーBS番組「こんなステキなにっぽんが」の取材です。

この頃東京で生活していた舞子さんは、この取材があったことをきっかけに、こぎん刺しを調べてみました。東京ではスピリチャル系の雑誌編集に携わり、悟りの世界や真理を見いだすことに関心のある舞子さんが注目したのは、宗教学者で日本近代文学の一派である白樺派のメンバーであった柳宗悦が、民藝としてこぎん刺しを見出したこと。そして、その柳は、今尚多くの思想家に影響を与えているイギリスの詩人ウィリアム・ブレイクを研究していたことでした。ブレイクは舞子さんが携わる雑誌で取り上げたことがあったのです。そんなことから、単なる手芸だと思っていたこぎん刺しに、自身が追及していた真理や思想に通じるものを感じた舞子さんは、ロシアの神秘思想家ギオルギー・グルジェフが言った「客観芸術」のように、こぎんを観れば何か悟れるんじゃないかと、俄然こぎん刺しに興味が湧いてきたのだそうです。

2016年3月、舞子さんは家族とともに、昭子さんの米寿を記念して「宙とぶこぎん」展を企画し、昭子さんの集めたこぎん刺しを地元の人に披露しました。そして、このときの展示会名は、現在年に一度発行されるこぎんの雑誌名「そらとぶこぎん」に繋がっています。その編集メンバーとして舞子さんは活躍しています。

また、今年の春に弘前で開催されたこぎんフェスでは、そらとぶこぎん編集部の販売ブースに昭子さんの古作こぎんと舞子さんと、眞理子さんも販売に立ち、親子三代でこぎんを発信していました。

 

これも当時集めたこぎん刺しの1つで、リュックサックにリメイクされています。模様を上手くパーツに配しています。
 

古くて新しいこぎん

母の集めたこぎん刺しに傾倒していく娘の姿を見ている眞理子さんは、無類のアンティーク好きです。時を経て奇跡的に今ここに在るこぎん刺しにすごく魅了されるのだそう。そして、そのこぎん刺しは、自分の母がこうして集めていてくれたことが、とても誇りなんだと言います。

古作のこぎん刺しを見ていると、アドリブのように模様の展開が不意に変わる部分があります。これが意図的なのか誤りの取り繕いなのか、この展開の変化にどんな思考があったのか、こんなふうに作り手への思いを馳せることができるのはアンティークと通じるおもしろさではないでしょうか。

古いものが好きな眞理子さんとは対照に、見たことがない新しいものが好きな昭子さんは、なぜ古作のこぎん刺しをあんなにも夢中になって集め歩いたのか、今だかつてよくわからないと言います。何かに突き動かされたような感じなんだと。しかし、こぎん刺しの模様にはそれまで見たこともない美しさがあったこと、探し歩いているうちに集落によって模様が違うことに気づき、違う模様見たさに夢中で探し求めたと話してくれました。こぎん刺しには時代を超えて魅了する新鮮さがありそうです。

 

昭子さんのコレクションの中に模様の切り返しが複雑な珍しいこぎん刺しがあります。頭のいい人じゃないと刺せないと昭子さんは言います。


古いこぎん刺しは着物の身頃いっぱいに模様が入ります。幅が約30センチほどの布に端から端へ糸を通して模様を一段一段積み上げて行きます。横に針を進めながら縦に広がる模様を想像して次々と模様を切り替えしていくのは、やはり頭のいい人じゃないとできない至難の技です。一目の間違いがその先の展開を大きく変えていくことだってあります。当時は図案を描いてみてから…なんてあったでしょうか。ツールは手に持つ針だけ。あとは頭の中のイメージだけ。だからこそ一目の先の展開を見通せたことは驚異を感じます。こうして観る人を引き込んでいくこぎん刺しの求心力ってどこからくるんでしょうか。

 

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昭子さんのモットーは、「人は好きなように生きるのが1番の幸せ!」自由に生きるのは面倒だけど、できたら大したもんだ!と言います。眞理子さんも舞子さんも昭子さんのモットーのままに自分たちの好きな世界を拡げて来られたんじゃないでしょうか。3人の世界は違いますが、昭子さんのこぎんを前に見ている点は三人とも同じ点を見ているように思えます。お話を伺っていると、昭子さんがこぎん刺しを見て感じた言葉にならない感動を、二人がそれぞれの世界の中で、その感動の言葉を見つけているんじゃないかと思いました。

そして、ご主人の「集めた証」という言葉、眞理子さんが言った「母が集めた重み」。何気ない言葉ですが、昭子さんが集め歩いた姿を傍で見ていた二人を通じて伝わる昭子さんの熱意がじわっと伝わってきます。この家族が繋いでくれた、こぎん刺しには彼女たちのストーリーが添えられ、かけがえのないこぎん刺しになっています。

こぎん刺しは、誰でも気軽にかわいく作って楽しめる手芸もあり、テキスタイルデザインとして観る楽しみもあり、また、そこに人を引き込む何ものかを追求する面白さもあり、人の様々な着眼を許容されうる可能性を感じます。舞子さんの言うこぎんの懐の深さを三人のお話に垣間見た気がしました。


 

ゆめみるこぎん

撮影・下山一人

 

舞子さんは今年、昭子さんとこぎんのことを1冊の本に纏めました。本のタイトルにある「ゆめみるこぎん」は昭子さんがこぎんのこれからの未来に馳せる夢を眠りの中で見る夢と掛け合わせつけたタイトルです。

◾️書名:『古作こぎん刺し収集家・石田昭子のゆめみるこぎん』
◾️編著者:石田舞子
◾️発行:グレイル ブックス
◾️価格:2500円+税
◾️発売日:12月上旬予定
◾️サイズ等:B5判・カラー96ページ
◾️販売先:弘前市内店舗(津軽工房社、しまや、つきや他)と、グレイルのwebショップ(12月上旬オープン予定)。

 

「古作こぎん収集家・石田昭子のゆめみるこぎん展」

「古作こぎん収集家・石田昭子のゆめみるこぎん展」 昭子さんが集めた古作こぎんと昭子さんのこぎん作品の展示を行います。 書籍『古作こぎん刺し収集家・石田昭子のゆめみるこぎん』も販売されます。

https://koginbank.com/topics/koginevent1912/

■主催:石田舞子
■日時:2019年12月8日(日)〜22日(日) 9:00〜16:00、火曜(10日、17日)休館
■場所:鳴海要記念陶房館(弘前市青森県弘前市大字賀田大浦1−2)
■こぎん展のみの観覧は無料(鳴海要氏の展示室は一般・大学生200円、高校・中学・小学生150円)

 

※12月8日(日)と22日(日)は 弘前市岩木地区のこぎん刺しグループ「岩木かちゃらず会」さんによるこぎん刺し体験・ミニ展示販売もあります。
■日時:2019年12月8日(日)、12月22日(日)
【毎月第2・4日曜開催】 10:00~15:00(随時受付、体験受付は14:30まで)
■体験料金:250円/1枚(コースター、しおり等)

 

 

インタビュー:koginbank編集部 text/photo:石井






 


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