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帯につづる 菱刺し の物語

2023.08.01


こぎん刺しと 菱刺し の違いに関心を持ってくれる人は今、どれだけいるでしょうか?菱刺し をこぎん刺しと思ってご覧になっている人は多いかもしれません。こぎん刺しと同じ時代に発展してきた 菱刺し ですが、その認知度はこぎん刺しには及びません。教室も全国で指折り数えるほどですが、東京では 同じ師を持ち、菱刺しの楽しさを地道に伝えていこうとする二人がいます。

一人は、5年前に取材した長岡喜美子さん。そしてもう一人が、今回取材させていただいた倉茂洋美さんです。『はじめての菱刺し~伝統の刺し子を楽しむ図案帖~』という 菱刺し の魅力が詰まった本を出版しています。

自分がつくる帯を探し求めて

倉茂さんが菱刺しに遭遇したのは、2004年。この1冊の誌面でした。

菱刺し「梅の花」ほころぶ
季刊 銀花 2004年春号 137号より

当時、義母から譲り受けた着物を楽しみはじめ、自分で使う帯を作りたいと思っていました。そんな矢先に目に飛び込んだこの南部 菱刺し の帯は、織物ではなさそうで、こぎん刺しとも違う色遣いに魅了されました。

早速 菱刺し の本を探し、見つけたのは20年も前に出版された『菱刺し の技法 : 伝統の模様から現代作品まで (新技法シリーズ)』。この本以外に 菱刺し に関する本はありませんでした。本に載っている技法を試し、自分の帯づくりに手ごたえを感じたものの、本の内容だけでは満足できず、著者の八田愛子さんに手紙をしたため直接教えを請いました。

八田愛子さんは、1960~70年代にご主人の赴任先であった青森県八戸市で菱刺しに出会い、地元の民俗研究者である田中忠三郎氏が1977年に出版した『南部菱刺し模様集』に携わったことから、鈴木尭子さんと共著で『菱刺しの技法』や『菱刺し模様集』を出版していました。八戸から神奈川県鎌倉市へ転居してからも、菱刺し教室を開いて活動をしていましたが、倉茂さんが訪ねた時は既に教室を閉めていました。5年前に取材した長岡さんも、後に八田さんに師事しています。

倉茂さんは八田さんの鎌倉の自宅に招かれ、材料の調達や糸の始末などの手ほどきを受けた後、青森から材料を取り寄せ、早速 帯に着手していきます。ここからは独学で菱刺しを深めていきました。模様の美しさに魅せられ、次から次にトライしたいことが湧いて、のめりこんでいきました。しかし、周りには菱刺しをしている人なんて誰もおらず、悩んだときに手本になる実物も当然なく、孤独と模索の中で続ける制作が10年近く続きました。

(世界の民族衣装が好きな倉茂さんが、菱刺しにタイの民族衣装から模様を取り入れた作品です。タイの模様の部分は、裏側で横に長く渡る糸が多くて菱刺しとの違いを痛感したそうです。)

はじめての個展

菱刺し で帯を10本作ったところで個展をしてみようと思いはじめました。場所はお気に入りのお店、神楽坂のラ・ロンダジル。個展を開きたいと直接お店に訪ねてきた作家は前代未聞だと驚かれたそうです。2年の時を経て2013年、ラ・ロンダジルでの個展が実現しました。お店からの勧めで、この時初めて 菱刺し の小物を約50点程つくりました。

(茶庭や露地で見かける関守石を菱刺しの布で包んだオブジェは、お気に入りを見つけることが楽くなりそうないろんな形がありました。)

個展のために、帯10本、小物50点。こんなにも⁉と思うのは私だけでしょうか。ここ10年ほどで”ハンドメイド”雑貨というジャンルが定着しました。ネットショップやSNSを使って個人が気軽に手作り品を販売できるようになり、特にこぎん刺しや菱刺しは少ない経験で作家活動をスタートする人もいます。”ヘタウマ”なんて言葉もあって、技量よりも味わいあって見栄えの良いルックスが消費者に受け入れられる時代なんだなと感じていた私にとって、この制作数は、なかなかのアグレッシブな数字ではないかと驚きました。

(倉茂さんは菱刺しの模様が活きる形として帯の制作を大切にされています。たくさんの帯の作品は絵巻物を見ているようでした。)

とは言え、作家の世界観をプレゼンテーションするには相当なのかもしれません。倉茂さんの作品の数々からは、一本筋が通ったというか、ゆるぎない独特の何かを感じとることができます。特に帯は、約5mの長さいっぱいに模様を展開しています。10本でその模様の総長は50m。修行のような長さですが、作家の独自性を制作に表すのは、この修行のような積み重ねが、ゆるぎないものにしているような気がしました。

(菱刺しの前垂れ。菱刺しの両脇には中国のミャオ族の古布が使われていました。)

ワークショップからはじめての出版

はじめての個展を開催してからは、ワークショップで伝える活動もはじめました。

ワークショップの度に資料を準備しているうちに、これに代わる本の必要性を感じるようになりました。菱刺し を習得することに苦労した実体験もあります。どうしたら本を作れるだろうか。本のグラフィックデザイナーをしている女性がワークショップに参加していました。彼女に本の話を聞いてもらったことが、奇跡的に実現につながります。いざ初めての出版にとりかかると、サンプル制作など多くの苦労がありましたが、出版社やデザイナーの人たちのサポートのおかげで2015年に『はじめての菱刺し~伝統の刺し子を楽しむ図案帖~』を出版することができました。

それからは、カルチャースクールでの講座開設や『東北の刺し子』の出版にも携わりました。また、2017年に日本ヴォーグ社から復刻した『菱刺し模様集』も倉茂さんの働きかけによるものです。その頃、師の八田さんから関係資料を預かり持っていました。講座で使えるパターン集をいつか作りたいと思っていたのです。たまたま出版社に出向いたときに、昔の編み物模様集を刊行するというポスターを見て、これって 菱刺し でもできるのではないかと直接掛け合ったのでした。この『菱刺し模様集』は、1989年に著者の八田愛子さんと鈴木尭子さんが自費出版した図案集を復刻したもので、地刺し模様や新たな創作も含め1,000種類近い図案が紹介された貴重な資料です。「復刻が出来て肩の荷がおりました。これで菱刺しが繫がって行ける。」と倉茂さん。

菱刺し模様集は2019年から決定版として発売中です。

青森に縁のない倉茂さんが、たまたま自分で帯をつくるために選んだ技法が 菱刺し だったがために、菱刺し を書籍で残す役回りがきたのは、なんとも不思議なめぐり合わせです。最近は事情が変わりつつありますが、少し前までは東京近郊で生活していると全国に発信するメディアに繋がりやすい時代でした。菱刺し が日本の希少な素晴らしい手仕事であることを理解する倉茂さんだからこそ、東京の地の利を活かして実現できたことです。

菱刺しを繋ぐ

このインタビュー後の6月末、八田愛子さんが107歳でこの世を去りました。倉茂さんは折に触れ「菱刺し という素晴らしい手仕事がもっと広がってほしい。」と私に伝えてくれます。この言葉は八田愛子さんから繋いできた想いでもあります。広がってほしいという裏には失いたくないという強い想いがあると私は感じます。

青森と縁もゆかりもない人たちが、菱刺し に魅了され、伝える活動を続けている姿には、故郷の文化だからという建前で活動している私には適わない、強い純粋な想いに敬服するほかありません。インタビューの時には、昨年の体調不良から快復された八田さんを長岡さんと見舞ったのだと、その時の様子を聞き、菱刺し をこよなく愛する3人の姿が目に浮かぶようでした。八田さんが八戸を離れ、人生の最後まで菱刺しを伝えようとしてくれたことに感謝の念が尽きません。

(ご自宅の織機には麻糸がかけられていました。長い経糸を機にかけて織る前の準備が大変なんだとか。)

倉茂さんが菱刺しに出会い、来年で20年になります。インタビューを終えて、そんなにも時間が経っているのかと驚いていらっしゃいました。9年前からは帯づくりのために布の手織りもしています。自身が思う色合いや、使い勝手を追求し、最近漸く納得できる布を織り上げるようになりました。刺し糸は自ら草木染もします。世間の目まぐるしい時間の経過に流されずゆっくりじっくり 菱刺し の模様に素材にと向き合ってきた時間が倉茂さんの 菱刺し に熟成をもたらしているように思えました。

2年ほど前に、私は倉茂さんの講座を受講していました。講座名に「菱刺し サロン」とあるだけに、布物が好きな人たちが集い、世界の布文化の話題や、草木染のこと、手織り仲間と情報共有したりと 菱刺し に限らず手仕事を楽しみ、和やかに集う場所という雰囲気が心地よかったです。菱刺し は色合わせを変えると異国の雰囲気を纏うところも魅力です。いろんな文化と交わり楽しむことで、本来の 菱刺し の魅力に立ち返ることもできる。そのことを直に教えてくれた場でもありました。

菱刺し のルーツを大切に守りつつも、今を生きる自分たちはどう 菱刺し を楽しみ、伝えるかということを体現する倉茂さんを垣間見せてもらえたインタビューの時間でした。秋には、倉茂さんの故郷 大阪で個展の開催が決まっています。菱刺し を直にご覧いただける希少な機会です。着物好きな方も、こぎん好きな方も。もちろん 菱刺し を愛する方もたくさんの方に脚を運んでいただけたらと思います。

倉茂 洋美 菱刺し展

会場:GALERIE  CENTENNIAL

 大阪市中央区大手通1−1−10

会期:2023年10月2日(月)〜11日(水)

営業時間:平日 12:00〜19:00・祝日、土曜日、最終日 17:00まで

*休廊日 10月8日(日)

>> 菱刺しの全国の教室情報はこちら!

koginbank編集部 text・photo:石井






 


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