時空を超えた文様の世界をこぎん刺しで〜TEKONOKOの世界〜
大阪を拠点に、こぎん刺しで独自の文様の世界を創る女性がいます。
TEKONOKO kogin worksの岩永早絵さんは、青森県弘前市出身で、高校進学で大阪に来て以来、関西で生活しています。
上のバッグは、早絵さんが長年愛用するバッグを補修を兼ねて、オリジナル図案のこぎん刺しでリメイクしたものです。画像では織物やプリントに見えるかもしれませんが、こぎん刺しと同じく一針一針模様を刺した早絵さんの作品です。
早絵さんがこぎん刺しをはじめたのは社会人になってからでした。それ以前は、青森に帰省した時に、大阪の友人に買うお土産として何度とこぎん刺しを手にしたことはありました。でも自分で作ることは考えもしませんでした。
お母様の介護をしていた頃、合間に自分の手元でできる何かを探していたら、こぎん刺しをお母様が勧めてくれました。「手先の器用な早絵ならできるんじゃない?」そう言われ、こぎん刺しのキットを手にしました。そのキットで作ったトートバッグはお母様へプレゼントしました。
残念なことに療養の末にお母様はこの世を去り、早絵さんはこぎん刺しからも離れてしまいました。しかし、1年が過ぎた頃、久しぶりに手にしたこぎん刺しに、無我の境地を体感したような気がして、「これは私の天職かもしれない。」と友人に言っていたそうです。
無我の境地。心理学ではflow(フロー)とも言います。おそらく、こぎん刺しや菱刺しを経験した人の多くは感じたことがあると思います。手元の作業に没頭しているうちに布に模様が出来上がって楽しいと感じたことはありませんか?この没頭した状態をフローの状態と言い、この状態をもたらす活動が人間の幸福に繋がるという研究があるのですが、早絵さんが天職と思えたことは、まさにフローがもたらした幸福と言えるのかもしれません。
こぎん刺しを再開した早絵さん。当初は、こぎん刺しの伝統模様をモダンなスタイルで制作をしていましたが、ハットブランドcoeurとのコラボレーションをきっかけに独自の模様の世界が開花しました。
この帽子に施された文様はLily(百合の花)と名付けられています。百合の花はギリシャ神話の女神ヘラの花であり、泥水の中からすっくりと立ち上がり汚れに染まらない清らかな花という謂れがあります。これが初めての図案でした。
この帽子に何か模様を入れて欲しいと言われた時、こぎんの伝統的な模様は違うと感じました。そこでブランド名がフランス語であることから、ヨーロッパの伝統文様にヒントを得て創作したモチーフです。
ヨーロッパの装飾や文様は古代エジプト・ギリシャの時代からイスラムや中国との交流でさまざまな様式が誕生した歴史があります。ここから世界史の面白さも相まって、早絵さんはこぎん刺しでヨーロッパの文様の世界に飛び込み、古代から現代まで時代の装飾様式をこぎん刺しの図案に制作しています。
図案の制作は、ヨーロッパの意匠に関する書籍を参考に、1つのモチーフを方眼紙に描き、そこから左右上下に展開して描きます。図案の作成にパソコン使わないの?と聞かれることがあるそうですが、方眼紙に手描きする方が早絵さんには良いようです。それから実際に布に模様を刺してみて、再び方眼紙に戻って図案を調整してと、方眼紙と布の行ったり来たりを繰り返しながら模様を完成に持っていきます。
図案帳のファイリングがとても素敵でした。手描きの図案の全ての隣ページにはタイトルとその背景が綴られていて、作った模様への愛おしさが伝わってきます。
古代エジプトの美女として有名なネフェルティティも図案から制作しています。その時代のその世界に飛び込もうとしているような、この制作は、すごい集中力で歴史や文化を咀嚼しようとしている意気込みの表れのように私には感じます。ファッションのトレンドもそうですが、時代の造形様式にもその時代の社会情勢が何かと影響します。歴史を知ることや、その時代を生きた人を理解しようとすることは少なからず影響を知ることに繋がるのではないでしょうか。
図案制作の過程や冒頭のバッグのリメイクも、憧れの世界を損なわずに自身の持ち味を活かしているところが見事な早絵さんですが、そのために相手を理解することを大切にされているように思えます。特に帽子のコラボレーションをしているcoeurのデザイナー上田道子さんのクリエイティビティーに触発されることが多く、師匠のような大切な存在だとおっしゃっていました。
専門的に学んだわけではなく、独学で図案デザインから小物雑貨の制作まで全てに取り組む才能に驚かされます。革が好きで、こぎんの布と革をコンビネーションすることにも取り組んでいますが、布と違う革の仕立てには悩むところもあるようです。しかし持ち前の技術と素材を上手く組み合わせて制作されています。20代の頃は料理人を目指して学んでいたそうで、素材の持ち味を活かして作るところは料理と通じるものがあるような気がしました。
お母様の言葉通り本当に器用な人だと思います。もしかしたらあの時のお母様の想像を超えているのではないでしょうか。「早絵ならできる…。」どこにでもありそうな母娘の会話ですが、私には、ギフトのような言葉に思えます。津軽人の早絵さんが異国の文化を友好的にこぎん刺しに繋いでいるこの活動はとても素晴らしいことです。「こぎん刺しの歴史のことは勉強不足で恥ずかしい。」と早絵さんは私に言います。しかし伝統を知り、守ることも大切ですが、新しい世界を開拓することも文化の継承には同じくらい大切なことです。保守と革新の綱引きが世界を盛り上げるから続いていけると私は考えます。歴史を伝えてくれる人は他にいますが、この創作は彼女にしかできない世界です。こぎんの世界で大切な存在です。
活動の発信はインスタグラムで行っていますが、最近は展示販売の機会が増えてきました。可能な限り売場で実演して制作の様子を見てもらい、お客さんとコミュニケーションをとっているのだそうです。故郷の弘前でも展示ができたらいいけど、まずは東京で見てもらえる機会があればと仰っていました。
ちなみに、TEKONOKOというネーミングは、こぎん刺しの伝統モチーフにもあり、津軽の方言で言う蝶々=テコナコが間違ってTEKONOKOになったんだとか。カリスマ的作品からはなんとも意外な茶目っ気に親近感が沸いてしまいます。でも、こんな素敵なロゴには、そんな間違いも気づかないかもしれませんね。
TEKONOKOのイベント出店があります。お近くの方はぜひ脚をお運びください。
詳しくは、TEKONOKO Instagramにて。
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