koginbank

こぎん刺しの楽しい!かわいい!を発信 こぎんマガジン

布団屋が開く新しい菱刺しの扉

2022.05.30


昨年5月のkoginbankの展示会で、とても素敵な刺繍のバッグに出会いました。どこの国の布だろうと思い、よく見ると菱刺しのモチーフが!

 

エキゾチックでポップで新鮮な菱刺しに衝撃を受けてしまいました。あれから1年経ち、満を持して、この菱刺しをつくる2468/3sunの山本陽子さんにお話を伺うことができました!

 

山本陽子さん。たくさん資料を持ってきてくださいました!

 

陽子さんは、美大進学を機に上京して以来、ずっと東京でグラフィックデザイナーとして働いていました。菱刺しをやろうと思ったのは、2006年に出会った弘前のこぎん刺しがきっかけです。

 

2006年の青森はファッション誌でも取り上げられ、それまでにないおしゃれな盛り上がりを見せていました。建築家の青木淳さんが手がけた青森県立美術館のオープン、弘前市では地元出身アーティストの奈良美智さんが一昨年美術館としてオープンした煉瓦倉庫で展覧会を開催。そして弘前には日本建築界の巨匠・前川國男の手がけた建築が数多く残っていることもあり、建築やアートを目的に多くの人が訪れました。陽子さんもその一人。前川の処女作として有名な弘前こぎん研究所を訪れた時に見た、色とりどりのこぎん刺しが、自分が知っていた藍と白のイメージと違い、おしゃれになっている!と驚きました。

 

2006年当時に陽子さんが集めた資料。上の来森手帖と在青手帖は布芸展から出版された冊子。下のあおもり犬は雑誌「装苑」青森や弘前が取り上げられました。

 

同じ頃、東京では女性二人の布のプロジェクト布芸展が注目を集めました。布芸展で発表されたナチュラルな色使いのこぎん刺しは、当時の女性たちが憧れるライフスタイルにフィットし、これがきっかけでこぎん刺しをはじめた人は少なくありません。この頃のこぎん刺しは陽子さんだけでなく、多くの人のこれまでのこぎん刺しの印象を変えました。

 

布芸展の来森手帖に影響を受けてつくった初期の菱刺し作品

 

陽子さんは青森県三戸町出身。三戸町は青森の東側、十和田湖と八戸市の間にあり、菱刺しが生まれた地域でもあります。でも陽子さんが高校で習ったのはこぎん刺し。菱刺しはぼんやりと存在を知るくらいでした。しかし弘前でこぎんに出会った後、八戸で大きな菱刺しのタペストリーが目に入り、改めて菱刺しの存在に気づきました。多様な色使いと無数の模様に作り手の精神の自由を感じ、「自分がやるならこっちだ!」と。昔の女性たちが「これ絶対かわいい(๑>◡<๑)!」と思いながら針を動かしただろう姿が想像できました。

 

とはいえ、グラフィックデザイナーとして多忙な毎日の中で、取り組む時間があったりなかったり。しかも当時は入手できる菱刺しの書籍や資料は乏しく、専用の材料は地元に帰っても買える店はありませんでした。入手できる材料を厳選して制作に使用するなど、必然的に独自の手段を模索しました。

 

主に使う糸は刺し子糸。色は大事にしています。

 

出産を機に仕事を離れ、今の制作をスタートしたのは2020年。コロナ禍が始まってからでした。もともとミシンでの縫製が得意で、手作りしたお子さんの幼稚園バッグを見たママ友がそれらの販売を勧めてくれました。同時に菱刺しバッグの制作もはじめました。

 

ご実家の家業が布団屋なので、小学生の頃からMyミシンを持ち、布でいろいろ作ることが日常にあったのだそうです。

 

はて?なぜ布団屋はミシンが得意なのでしょうか?

 

こんな写真を見せてくれました。

 

小さなの陽子さんの後ろに沢山の布!

 

陽子さんの幼少期のお写真。背景には沢山の布団皮(布)が積み上がっています。子供の頃はここから出たハギレでいろんなものを作って遊んでいました。布団屋さんは、綿を包む布をお客さんに選んでもらい、お店で縫製して布団を仕立てます。だからミシンは商売道具。陽子さんにとってミシンは家業の延長で、趣味で触っているという感覚ではなかったそうです。

 

ところで、布団の柄に皆さんはどんな印象をお持ちでしょうか?今は無地の布団もありますが、布団の柄ってクセ強くないですか?着物の柄とも違う大判な花柄とか波とか…。インターネットを検索すると”布団の柄はなぜダサい問題”がまあ出てきます。そう、ダサい。でもダサい塩梅が見事で失うのは惜しい。希少な日本のテキスタイル文化でもあります。

 

陽子さんはそんな布団テキスタイルに囲まれて育ちました。10代の頃はその反動か、水玉やギンガムチェックのかわいさに憧れたこともありました。しかし、育った環境で培われた感性は、容易に損なわれないみたいです。陽子さんの菱刺しに感じる異国的な色使いは、布団屋家業の影響が多分にあると言います。それだけではなく、習っていた日舞の着物の色合わせや、青森の祭りの色彩も。色で引き立つ印象作りは、和の色使いがルーツになっています。

 

布が好き。作品では他テキスタイルと組み合わせもします。

 

そして、配色のバランスと間合いも独特です。こぎん刺しや菱刺しは、もともと布の補強のために行われた刺し子で、布を作るように布一面に模様が施されています。今も、こぎん刺しや菱刺しをする人には、布一面に模様を施す総刺しが好きという人は多く、ついつい全面に模様を入れがちなところですが、あえて模様を入れない部分は意識してつくっています。これは、デザイナーという仕事柄の成せる技ではないでしょうか。

 

また、特徴的な配列の菱型のモチーフ(型こ)も、デザイナーだからこその思いがあります。若い子たちが誰よりも可愛いものを持ちたいという気持ちは、今も昔も変わらずにあります。彼らが自分の作品に惹きつけられ、菱刺しを知るきっかけに繋げたい。菱刺しはこぎん刺しに比べるとまだまだ認知度が低く、地元でもこぎん刺しと勘違いする人は少なくありません。陽子さんは、こぎん刺しと並ぶくらいに菱刺しの認知を広げていきたいと言います。

 

中央の小さなカードにある巾着をきっかけに、このスタイルをシリーズで作成しています。

 

菱刺しもこぎん刺しも青森県の伝統工芸です。伝統工芸だから守り受け継がれるべきという考えが、前面に出るのは違うと思うのです。物に人を魅了する力がないと需要がないわけで、伝統工芸でも淘汰されて仕方がないのではないでしょうか。時代の変遷とともに人の嗜好も変化する中で、伝統工芸も生き残るためには変化して行かなくてはいけません。陽子さんは菱刺しに、時代が変わっても人を魅了できるポテンシャルを見抜き、菱刺しの普遍的な魅力をデザインで創り出していこうとしていると感じます。

 

昔から役に立つものをつくりたいからバッグが多めです。

 

陽子さんが菱刺しの本を入手できるようになったのは最近なのだそう。地刺しや丸刺しの存在は最近知りました。本で見つけた昔エピソードで、娘の嫁入りに菱刺しを持たせようと準備したのに、田舎臭いと嫌がられ、娘は菱刺しを置いて嫁に行ったという話がありました。菱刺しは農民の文化なので、町の人には見向きもされなかったのだとか。陽子さんが生まれ育った三戸町はかつてお城があった城下町でした。ご実家はその町で300年続く老舗で、子供ながらに城下町のプライドがある町の人間と、山間部の人とは何か隔たりがあることを感じていたようです。だからこの菱刺しのエピソードは実感として理解できると言います。

 

こんな写真も見せてくれました。

 

左から陽子さんのひいおばあさん、小さい陽子さんとおばあさん

 

ひいおばあさんの羽織姿から、外出時の写真のようです。外出なのに前掛けって違和感ありませんか?しかも羽織とコーディネートしたように色を合わせているような。この前掛けに菱刺しはありません。

 

明治生まれのひいおばあさんは、常に着物に前掛け姿でした。前掛けをしていないことが恥ずかしかったそうです。やはり女性にとって前垂れがおしゃれアイテムだったんですね。さらに陽子さんは、山間部の菱刺しが町には伝わらなかったことが、これを見て納得できたと言います。

 

菱形の枠をアシガイと呼びます。模様の端のアシガイを外した型こはウーパールーパーみたい❤︎

 

菱刺しは昭和の初期まで実用されていたそうです。菱刺しの衣類は、こぎん刺しと違い、古木綿を内側に重ねて、布を二重にして、刺し子をします。この裏地に使う木綿や前垂れの紐に使う絣布は、誰よりも粋な柄を使いたいと、当時の女性たちは競うように集めていたという話をきいたことがあります。陽子さんのご実家の布団屋は木綿屋からはじまった商売で、昔は伊勢屋という屋号でした。呉服屋とは違い、伊勢から運ばれた伊勢木綿を中心に日常使いの着物や古木綿を扱う商売だったそうです。もしかしたら、当時の農家の女性たちは陽子さんのご実家に、菱刺しに使う粋な布を探し求めに来たのではないでしょうか⁉︎陽子さんが菱刺しに辿り着いたことに不思議な縁を感じます。

 

赤のグラデーションが綺麗。

 

取材中、菱刺しの前垂れの端を埋める綾杉の模様の話題になりました。その時、「余白を綾杉で埋めるのは負けたような気がするんです。」と言った陽子さんに勇ましさを感じました。昔の人には叶わないと言う人ばかりの中で、昔の人の上を行こうとする人は初めてだと思ったのです。でもよくよく考えると、この発言は菱刺しの新しい在り方を真剣に模索していなければ出てこないです。これまで菱刺しも縫製も独学でやってきた陽子さんは今、改めてそれらを学んでいます。新しい技術を知り、古い歴史をご自身の境遇と重ねて深めて行っています。最近、菱刺しの前垂れをつくろうと取り組みはじめました。一度は正統を経験したいと。陽子さんの深く、広がるこれからの菱刺しの世界に目を見張ります。

 

取材で利用した所のスッタフがルーマニア人で、母国の刺繍にそっくり!と見せてくれました

 

山本陽子さんの作品は【creema】【minne】で購入できます。

koginbank編集部 text・photo:石井






 


トピックスの最新記事一覧



 

こぎん情報募集中!!

koginbankでは、こぎん刺しのイベント・教室・グッズ・モドコなどの情報を随時募集しています。
詳しくは、お問い合わせフォームにアクセスしてください。