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こぎん刺しの楽しい!かわいい!を発信 こぎんマガジン

ハリノヲト のひとり歩き

2022.07.10


昨年、日本ヴォーグ社から発売された『こぎん刺し連続模様図案集88』をご存じでしょうか?

 

昔からあるこぎん刺しの基礎模様だけで構成され、地刺しのようなエンドレスな模様を作ることができる図案集です。程よい展開ペースで繰り返される模様は、小物づくりでこぎんを楽しむ人が多い今の時代ならではの、古くて新しい図案が詰まっています。

 

この図案集の作者であり、作家 ハリノヲト こと植木友子さんは、2008年に雑誌でこぎん刺しに出会いました。趣味で子供服を作っていた頃、なかなか思うような布に出会えないと感じていた矢先に、大きな道具がなくても針1本で好きな布が作れる!と、こぎん刺しに衝撃を受けたそうです。

 

 

ハリノヲト としては、2016年に出版した『こぎん刺し 模様あそび』に続き2冊目の本になります。この本に登場する可愛らしいモチーフは、皆さんもどこかで一度は見かけているのではないでしょうか。あの可愛さから一転して、オーソドックスな印象のこぎん刺し連続模様図案集88は、植木さんの教室に通う人たちの、”もっといろんな模様が刺したい!”という声から誕生しました。

 

ハリノヲト
図案集のために作られたサンプル布

 

個人差があるかもしれませんが、図案を実際に紙に描いてみると、模様の仕組みが理解でき、布の上で針を進めやすくなります。この調子でいくつかの模様を描き覚えていくと、図案に法則性を見つけ、次第に独自のアレンジもできるようになります。これは植木さんの実体験から得た、いろんな模様を刺せるようになる方法なのですが、これを教室の皆さんに勧めるものの、実践する人は少ないのだそうです。

 

ハリノヲト
制作で模様を作るときはこれを見てアレンジを決めるというハリノヲトメニュー表

 

そもそも”手芸が好き”で、布と糸で楽しみたい人たちにとって図案を描くことは、なんとなーく億劫なのかもしれません。図案を描く時間があるなら、布と糸の色を変えてカラーバリエーションを楽しみたいと思う人が多いかもしれません。これは、そんな、こぎん刺しを楽しみたい人たちのための図案集です。

 

ハリノヲト
2色使った模様は刺し分けの試行錯誤も見られました

 

実は2016年に最初の本を出版する時、植木さんは、いつか誰かに怒られるだろうなと思いました。地元の人間でもない自分が本を出していいものか、と葛藤があったと言います。青森の生活に根付いた地域の文化です。植木さん自身も同じ東北の裏日本と呼ばれる秋田の出身なので、東北特有のコンプレックスというか、虐げられた東北の古い歴史の所為か、どことなくネガティブな心情があることを自ずと理解しています。だからいつか青森から「なんでお前が?」と言われるのではないか?

 

そもそも、ただの素人で、こぎん刺しが楽しくて沢山の人と共有したいから制作して発信を続けていただけのつもりが、いつの間にか作家とか先生と呼ばれるような仕事の声がかかるようになりました。とはいえ基本素人なので、作家だとか先生だとかと呼ばれることにも抵抗を感じていました。

 

ハリノヲト
本のように捲って見るのが楽しかったサンプル布

 

ぎこちなさを感じながらも、こぎんの仕事を続けてきたのは、こぎん刺しを広く知ってもらうため。植木さんがこぎんを始めた当初は、素材が揃う環境やこぎんを知る情報が身近にはありませんでした。だから一針一針手間をかけて作った物が、他の布とは違うことを理解してもらうことが大変でした。自分の作品を知ってもらうには、こぎん刺しを伝えるところから必要だったのです。

 

気がつけば、ハリノヲト のこぎんの活動も10年を超えました。

全然足りていないと思ってやり続けてきたことが、振り返るとちゃんと実績として積み重なっていたことに気づいたのは最近なのだそうです。

 

ハリノヲト
こぎん刺し連続模様図案集88に詰められた布の山!

 

そして、こぎん刺し連続模様図案集88の制作は植木さんにとって、実績の確証になったのではないでしょうか。総ページ数96頁の図案集のために制作したこぎん刺しは約100枚。2か月という時間で、図案開発からサンプル作り、図案起こしまでの全行程を1人で手がけました。

 

普段の製作では、布の上で針を試行錯誤動かしながら新しい図案を考えます。模様が出来上がると、こぎんの作業はひと段落。しかし書籍のために図案を紙に描き起こすという不慣れな作業が待ち構えているのは、なかなかの苦行だったようです。

睡眠以外は図案集の制作をするというハードな日々ではあったけど、そこから自身の制作能力を推し量り、時間の見通しが立てられるようになったと言います。

 

ハリノヲト
普段使っている植木さんの道具箱

 

連続模様図案集では、伝統的な図案から20個の基礎模様を各4種のパターンにアレンジして紹介しています。一つ一つ見ていると、描いて頭に入れる動きで自ずとアレンジする力も身につくような感じがしました。布の上で針を動かしているだけではこれらの図案は作れないと思います。絵画のように楽しめるこぎん刺しの図案も最近は増えてきました。その中で、実用的な製品にするための、布づくりにおける図案アレンジ力は稀有な存在です。

 

植木さんはコロナ禍によって行動が制限されてしまったところから、自身の活動を振り返ってみたり、リモートでこぎん刺しに携わる人たちとお話しすることができて、感じていたぎこちなさが少しずつ解けてきました。

 

ハリノヲトのオリジナル図案は、そのかわいさから人気の高い商品です。でも、植木さん自身はこのかわいい世界ばかりを追求していきたいわけではないのです。自分のこぎん刺しに対する思いを置いてハリノヲトが一人歩きしていることに気づきました。そのことで、こぎん刺しをちゃんと自分の仕事にしていこうと思えるようになりました。

 

ハリノヲト
壁一面の色サンプルで布と糸の組み合わせをイメージするのだそう

 

オリジナル図案は長年こぎんに携わる人から見ると、異端に捉えられるかもしれないけれど、もともとはこぎん刺しを知らない人たちの関心を惹きつけたい意図があって作ったものでした。これらの自分の制作から青森の深いこぎん刺しの世界に誘うことで、この世界の循環の一端になれればいいと植木さんは考えます。自分がこぎん刺しの中で何をしたいのか、この世界の中の自分の役割が何なのかを伝えることができるようになったら、本を出した時に思った、誰かから怒られそうな不安もなくなりました。

 

ハリノヲト
オリジナルのこぎん刺しの洋服は何度も洗われ模様が布に馴染んだ柔らかい風合い

 

民藝(民衆的工芸)であるこぎん刺しに強く共鳴する植木さんは、いろんな人にわかりやすく伝えるための手段として”伝統工芸”のこぎん刺しには理解しつつも、こぎん刺しは一子相伝で秘伝の伝統を持つものではなく、名もなき女性たちの作ってきたもので、誰のものでもないし、いろんな形があっていいと考えています。そして生活の中から生まれた素晴らしい文化ですが、現代の生活に根付いていないことも知っています。ただ、民藝の言葉にある用の美の「用」とは、今の時代何を示すのでしょうか。人の健やかな心身に芸術文化が無くてならない存在だと考えられるようになり、この「用」も変化して在るのではないでしょうか。

 

植木さんのお話を伺って、こぎん刺しの旨味だけが精錬されている時代の進化を感じます。でも、素材や図案、こぎん刺しの取り込み方、、、多岐に旨味を抽出できていて、こぎん刺しもダイバーシティーの世界かなと、時代の変遷を垣間見たようでした。

 

ハリノヲト
取材の日は山形出展のため、さくらんぼづくしで準備中でした

 

ハリノヲト は7/16〜17に、山形県双葉町で開催される「まちなかクラフト vol.13 2022 夏」に出展いたします。東北の清々しい夏を満喫できそうです。ぜひ脚をお運びください!

まちなかクラフト vol.13 2022 夏

2022年7月16日(土)17日(日) 10:00~16:00

やまぎん県民ホール前芝生広場

〒990-0828 山形県双葉町1-2-38

 

 

ハリノヲトのウェブサイトはこちら!

オンラインショップ ハリノヲト商店では、『こぎん刺し連続模様図案集88』の副読本として、『88の歩き方』を発売しています。連続模様を自分で考えてみたい方に基礎となる考え方が示されています。すぐに実践できるキットもセットになっているので、夏休みの課題にもおすすめです。
koginbank編集部 text・photo:石井






 


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