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表紙の 菱刺し小布 に隠された秘密 (前)

2022.11.24
菱刺し小布 の秘密


日本民藝協会が毎月発行している機関誌『民藝』をご存知でしょうか。

国内外から民藝品や手仕事を、古いものから新しいものまで興味深い特集で毎月発行されている雑誌です。昭和37年12月に発行された『民藝 』162号の表紙は 菱刺し小布 で飾られました。オレンジと藍色のコントラストがキリッと斬新で素敵な菱刺しです。しかし、よく見るとこの菱刺しは裏側を撮影しているのです。

単なるミスなのか?

この表紙の菱刺しが裏表であることを発見したのは、調布市で南部菱刺しの会を主宰する長岡喜美子さんです。長岡さんは菱刺しを教える傍ら、博物館に収蔵されている菱刺しの画像から布への復元を数多く手掛けられています。ちょうど、この表紙の 菱刺し小布 も復元を試みようと、雑誌を見つけてくれた義娘さんと電話で材料の相談をしていた時でした。何かが釈然としないと思っていたら、この 菱刺し小布 は裏模様が撮影されていると気づきました。

色が切り替わるところで斜めにステッチが並んでいます

横方向にだけステッチが走る菱刺しには、斜めのステッチが表面に出ることはないのです。もちろんこぎん刺しも同じです。さらに端糸の始末も見られることから布の裏側であることは明らかです。

(右)長岡さんが表紙を見て復元した菱刺しを表紙と同じく裏表にして並べる

この『民藝 』162号は、昭和37年度の日本民藝館展に出展した作品の講評を特集した内容でした。表紙の 菱刺し小布 は、この年の団体賞を受賞した作品です。

民藝館展とは、日本民藝館が毎年12月に、手仕事による伝統的工芸品を中心に、日本各地で作られた新作工芸品の数々を展示・販売する、恒例の新作工芸公募展です。今年も12月10日から25日まで、東京・駒場の日本民藝館で開催されます。

民藝館展の特集号を飾る作品はその年の民藝を代表するような重要な作品であるはずです。だから撮影に慎重を期さないわけがありません。単純に裏表間違えたとは到底思えないのです。しかし、この特集誌の中では、この菱刺し小布に関する講評の中に布の”裏”とか”表”ということに触れる内容が1字もないのです。やっぱり間違いだったのでしょうか。この制作の背景を調べてみようと思いました。

つがる工芸店を訊ねる

当時この 菱刺し小布 を制作したのは、青森県手工芸研究所です。この研究所は、現在も青森市に店を構える つがる工芸店 の先代・相馬貞三が民藝の新作開発のために、販売店とは別に設立した研究所でした。つがる工芸店は現在、相馬の長女、會田美喜さんがご夫婦で経営されています。會田さんにこの 菱刺し小布 の話をしたところ、昭和30年代に研究所で作られた布を送ってくださいました。

つがる工芸店から届いた布

上の画像の左上と右の布は、厳密には少し違うのですが、二つの模様はほぼ反転の関係です。それぞれ右は”こぎん刺し”、左上は”菱刺し”とタグがありました。これらは昭和30年代のいつ頃の制作なのか、明確な制作年や制作経緯の記録はないようです。ただ、會田さんのお話によると、相馬は新作制作には必ず古作の着物から模様を採用していたそうで、元となる菱刺しの資料は見当たらないのですが、こぎん刺しの着物資料は残っているとのことでした。

表紙の 菱刺し小布 と比較してみると、青の菱刺し布の模様は、表紙になった菱刺しの裏模様を表として刺されています。この二つは同時に作ったものでしょうか?制作時期が気になりました。表紙の 菱刺し小布 は現在も日本民藝館に所蔵されています。二つの布の違いの調査を、日本民藝館に相談したところ今回特別に撮影許可をいただき実物を確認することができました。

表紙の実物と比べてみる

奥が表紙になった 菱刺し小布 2枚を並べて比較することができました

つがる工芸店の青い菱刺し布と、日本民藝館が所蔵するオレンジ色の 菱刺し小布 は、地の麻布の組織密度が違い同一のものではなさそうです。また、どちらもにも共通して藍染らしき紺色の模様がありますが、この2つの紺色も色合いが少し違いました。同時に作ったとものだとは考えにくいと思います。

2枚の布の組織を比較

オレンジのものと青いものでは、紺色の糸の色の褪せ具合が違うと感じました。青いものは褪色が少なく化学染料で染めた紺色のように思えます。

つがる工芸店の會田さんのお話では、受賞した表紙の模様は後に色違いを制作して販売していたとのことでしたので、恐らくこの青い菱刺し布は民藝館展での受賞後に販売用の試作として制作したものではないでしょうか。相馬は裏模様が評価されたという認識の上で、この模様を表に持ってきてみたと考えられます。表紙の写真は間違いではなく、裏側が評価されたと考えられます。

なぜ裏が評価されたのか

ではなぜ裏なのでしょう?

ふと自身のこぎん刺しの経験で思い出しました。

こぎん刺しや菱刺しをされる皆さんは経験ないでしょうか。何故か裏側のステッチが綺麗だと思うこと。こぎん刺しの糸は細い単糸を複数撚り合わせた糸になっています。そのため、針を運ぶうちにステッチの撚りが乱れ、単糸が1本だけ浮き上がったりすることがあります。一度こんなことが始まると、なかなか撚りを元のように整い直すことが難しく、仕上がりが今ひとつなのです。しかし、その裏面は整った綺麗なステッチが並んでいることがあります。

(左)表面のステッチに乱れが多いが(右)裏面は圧倒的に乱れが少ない

どうしてこんな不本意な結果になってしまうのか、いまだに私にはわかりません。人目に晒されないからと注意を払わない裏面が、表面より綺麗に仕上がるのはちょっと悔しいです。裏面では端糸の始末あるので、綺麗だから裏を表にしようとすることができずジレンマに苦しみます。

でもこのことから、これはもしかしたら柳宗悦の「美の法門」の言わんとするところだったりするのだろうか?とふと考えました。

民藝運動の創設者である柳は宗教哲学者でもありました。仏教哲学の中から民藝の志向する究極的理想を見出したのが「美の法門」という著書です。本来美醜の分別はなく、この分別を捨てるところから真の姿が見えてくる。そして分別を捨てるということは自我を捨てるということ。自我を捨て無心のうちの制作は美醜に分けられない「不二の美」があると。内容には仏教用語が入り混じり、理解できているのか正直自信がないのですが、私はこう理解しています。

自前のこぎん刺しに「不二の美」を見たというのはおこがましいのですが、意識が向いた表面の乱れと相対して、無意識だった裏面が綺麗だと思えた時に、あの表紙の 菱刺し小布 には「不二の美」が現れているという評価であったのではないかと思えたのです。また評価する側にも不二の美に行き着く直観をもちえなくては、この評価に至りません。直観とは主観ではなく、独断を拭い去り、ものをありのまま、うぶなままで見ること。だから布の裏だとか表だとかは評価の対象ではなく、表が美しくないということでも当然なく、直観で評価したのが一般に裏側とされる面であっただけにすぎないことなのかもしれません。

私がこの『民藝 』162号の表紙を見て受けた大きな衝撃など、青森県民藝協会を立ち上げ、柳宗悦氏の思想を深く理解していた相馬にとっては、特別なことではなく、ごく自然なことなのなのかもしれません。昭和37年当時、この表紙を見てどれだけの人が気づいたのでしょうか。どんな思いを巡らせたでしょうか。柳はこの前年に他界しています。もし生きていたら、この 菱刺し小布 をどう観たのでしょうか。60年の時を経て思いを様々巡らすとても面白い出来事でした。

ところで、この表紙を見つけてくれた長岡さんが、この模様によく似たこぎん刺しの絵葉書を見せてくれてくれたのですが、ここからもまた興味深い発見がありました。この 菱刺し小布 の模様の元は、古作の着物から採用していたとの會田さんのお話もありましたが、どんな着物だったのかも気になります。この話の続きは次回。

そろばん刺しと呼ばれるこぎん刺しには珍しい偶数目の模様遣いが気になります

【参考文献】
『民芸四十年』 柳宗悦著(青空文庫)
『2012年第140回日本民藝夏季学校青森会場 民芸の心を学ぶ講演記録集』(青森県民芸協会)
『相馬貞三』 菅勝彦 著
『民藝』 第162号 昭和37年12月号 日本民藝協会発行
『民藝』 第443号 平成元年11月号 日本民藝協会発行
近畿大学文芸学部論集『文学・芸術・文化』2005年7月
無対辞の思想 『美の法門』(柳宗悦著)を読む  関口千佳 著







 


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