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『そらとぶ こぎん 』のこれまでとこれから

2023.10.02
『そらとぶこぎん』のこれまでとこれから


こぎんの雑誌『そらとぶ こぎん 』をご存じでしょうか。2017年に青森の津軽書房から創刊されました。年に1回、毎年4月に発行を続けて来ましたが、今年の第7号をもって休刊を発表しています。koginbankはこれまで何度か誌面でお世話になりました。『 そらとぶ こぎん 』はこれからどんな活動にシフトしていくのでしょうか。これまでのことと、これからのことを伺ってきました。

雑誌『 そらとぶ こぎん 』全7号
雑誌『 そらとぶ こぎん 』全7号

雑誌『 そらとぶ こぎん 』のはじまり

そらとぶ こぎん 編集部は青森市の図書館に勤める鈴木真枝さんが、ライターで東京在住の小畑智恵さんと、編集者で弘前市在住の石田舞子さんを誘って始めたこぎんの雑誌です。

昭和の歴史の空白

そもそものはじまりは、鈴木さんが地元紙の新聞記者だった2011年、本社文化部への異動を機に独自の取材対象として地元の伝統工芸”こぎん刺し”を選んだことにあります。手芸が好きだったこともあり、知らない物ではありませんでした。しかし、その時初めて『津軽こぎん』(横島直道編著)を読み、こぎん刺しを何も知らなかったことがショックでした。そこから、こぎん刺しの現象を追い取材を重ねる中で、こぎん刺しの再興の歴史的な流れや背景、関わった地元の人々の動きが断片的にしかわからないという問題が見えてきました。鈴木さんはその後、新聞社を退職しましたが、何かを書き続けて行こうと思った時に浮かんだのが、こぎん刺しの空白の歴史です。既に昭和が終わって四半世紀が過ぎ、再興の尽力者の多くが故人でした。今、当時を知る人々の話を聞かなければ、この先はもっと歴史を知ることができなくなってしまう。危機感が迫りました。

誌面で首都圏のこぎん刺しの話題を担当する小畑さんも、かつては青森で新聞記者をしていました。鈴木さんとは新聞社が違いましたが取材先で顔を合わせることがあったそうです。記者時代に県内の多くのものづくりの人を取材した経験から、昭和の話を聞くことができるのは今が限界だと感じていました。小畑さんは当時の取材で、創刊号で特集した高橋寛子さんに取材をしています。あの時はこぎん刺しについて深く追及することはできませんでしたが、高橋寛子さんがこぎんを刺す静寂な佇まいがずっと印象に残っていると言います。鈴木さんの、「今聞くことができる話をアーカイブとして次の世代に残していきたい」という思いに共鳴しました。

鈴木さん(右)と小畑さん(左)

koginbankでもこれまで様々取材をしてきた中で、昭和の頃に手芸でこぎん刺しの面白さを広げてくれた立役者なしに、今のこぎん刺しは有り得ないと感じていました。そらとぶ こぎん が掘り起こした歴史のおかげで、取材対象の背景にある筋道が見えたことを何度と経験しています。特に第5号で特集した前田セツさんは、今も彼女の名を冠した研究会所属の多くの講師が全国のカルチャースクールでこぎん刺しを教えています。しかし、ずっと功績がわからないモヤモヤがありました。彼女たちが昭和の立役者達の功績を伝え残してくれた歴史は、こぎん刺しの大事な財産です。

言葉を手渡す

デジタルを選ばず、紙の印刷物で残すことに鈴木さんは強くこだわりました。多くの自治体の図書館は今も書籍や雑誌といった印刷物の所蔵がメインです。自分たちが死んでも、作った雑誌は図書館に残っていきます。自分たちが見聞きした歴史を、次の世代に手渡す確実な方法として図書館に残していきたかったのです。

でも、雑誌を売ることには自信が無かったようです。創刊号の価格は500円(税込)でした。小畑さんはこの価格は有り得ないと反対しました。首都圏にはこぎん刺しのカルチャー講座が多く、そこには関心を持つ多くの人がいたからです。しかし青森の鈴木さんには、その人たちが見えませんでした。とてもニッチな雑誌です。鈴木さんも石田さんも、地元でこぎん刺しに関心のある人が手に取ってくれればいいと思っていました。蓋を開けてみると、全国から注文が届き、創刊早々に重版決定。こぎん刺しの広まりにとても驚きました。

「こぎん 刺し」とは何か?

これまで7年間の取材を通して、こぎん刺しを見る目が養えたと3人は言います。小畑さんは、東京で日展などの公募展・団体展のほか、様々な発表の場で見る こぎん刺しに、いろいろな表現があると知りました。

こぎん刺しは、青森県内でも手芸として楽しむ人が殆どです。手芸として楽しむ中から作家として活躍する人もいます。今では、全国でこぎん刺しを制作販売する人たちが多くいて、中には”伝統工芸”を枕詞にキャッチーでカワイイ模様の こぎん 製品もあります。これらには「”こぎん”なのだろうか、刺繍で良いのでは?」、「”津軽こぎん刺し”とは言ってほしくない」という地元の声があります。

こぎん刺し再興の歴史は、商品として売買されるようになった歴史とみることができると、鈴木さんは考えています。明治以降の近代化とともに資本主義社会となり、かつては自家用として作られていたこぎんも経済活動の対象となりました。 それでも戦後しばらくは個人の趣味として楽しみ、作品として高めていく人たちも多かったのですが、現在は販売目的に目新しさを模様で競い合う風潮が強まっています。 取材を続ける中でそうした現状に接し、「こぎん刺しとは何か」「何をもってこぎん刺しと言うのか」という問いが、3人の中で少しずつ大きくなっていったそうです。

弘前れんが倉庫美術館(旧吉野町煉瓦倉庫)の元オーナー故・吉井千代子さんのこぎん刺し。詳しくはそらとぶ こぎん 第7号で。

青森県では平成7年に創設された伝統工芸品指定制度があります。こぎん刺しも南部菱刺しも、一定の要件の下で青森県指定の伝統工芸品になることができます。しかし鈴木さんは現状に疑問を感じています。「伝統」とは、何を指し、何を伝えようとしているのか、と。

こぎんの伝統とは何なのか、今も3人は自問自答を続けています。鈴木さんは、”こぎん刺し”と”こぎん”の二つの言葉の使い分けが必要なのではないかと考えています。

伝統を伝えていくには糸づくりから

こぎん刺しの起源は、江戸時代の津軽の農民の着物にあります。当時は、布の原材料の麻を育てるところからが着物づくりでした。こぎん刺しまでに畑から長い時間を要します。この当時の女性たちの営みの追体験があってこそ、こぎん刺しを深めていくことができるのではないかと鈴木さんは考えています。

第2号で特集した、福島県昭和村の山内えり子さんは、布づくりを次世代に繋いでいくべく、今も苧麻(からむし)に携わっています。彼女のその精神性はこぎん刺しの希望だと鈴木さんは感じています。この山内さんのライフスタイルから、次世代に繋げる伝統工芸としてのこぎん刺しの営みを、鈴木さんは言葉で紡いでいこうとしています。「今の流れを止めることはできないが、そこに一石を投じることはできる。」その思いを鈴木さんは、個人として形にすることに専念したいと思いました。

壁にかけられたこぎん刺しは山内えり子さんの作品

一昨年、鈴木さんは乳がんの手術をし、治療は現在も続いています。再発を防ぐために暮らし方も変わり、仕事と雑誌編集を並行するのは体力的に厳しいと感じるようになりました。ここに新たな執筆を加えることは困難でした。書籍であれば、ページ数や時間の制約がある雑誌と違い、自身の体調を考えながら自分のペースで自由に執筆できます。石田さんや小畑さん、そして津軽書房の編集者・伊藤裕美子さんにそのことを伝えると、「今あなたが伝えたいことを書くべきだ」と背中を押してくれました。雑誌は当面、休刊することにしました。

昔の布づくりの過程を材料の姿の違いで詳しく紹介

変わらず3人の活動は続く

雑誌の発行はお休み中ですが、そらとぶ こぎん 編集部は今も変わらず活動を続けております。小畑さんは首都圏でのこぎん刺しの動向を探り、石田さんはゆめみるこぎん館の運営の中からあらたなこぎんに出会い、3人とも こぎん刺しを追い続けています。そして今月は4年ぶりに「こぎんの学校」も開催します。

今回の取材場所は、石田さんが運営するゆめみるこぎん館にご協力いただきました。

石田さんには2019年にも親子3代で登場いただいています。

今思えば、祖母のこぎん刺しがあるという理由だけではこぎん刺しには携わらなかったと石田さんは言います。2016年に石田さんは祖母 昭子さんのこぎんコレクション展を行いました。その頃出会った柳宗悦の民藝思想に影響を受け、こぎんはただのモノではないと感じました。何かがありそうな匂いにひかれたからだと。

ゆめみるこぎん館を運営する石田さん

ゆめみるこぎん館はオープンして3年目となり、ライフワークとして運営していく体制も整ってきました。苦しい生活の中で美に昇華された こぎん には、生活をより良くしようとする創意工夫があります。このことは、現代にも活きる民藝の思想ではないかと石田さんは言います。創意工夫の命の通ったものが、生活の空間に置かれた時に覚える充足感を、現代ではどれだけ感じ取れるでしょうか。「こぎん は生きる哲学を教えてくれるもの。ここは、原点回帰の場として、こぎん に見て触れて、何かを感じとってもらえたら。祖母が集めて残してくれたから、古作を通じて発信することが私の持ち場。」と石田さんは話してくれました。

※ゆめみるこぎん館については石田さんのインスタグラムでご確認ください。

ゆめみるこぎん館は昭子さんの暮らした民家で古い生活道具も沢山並んでいます。

こぎん は地域を醸成する

『 そらとぶ こぎん 』は創刊当初から10号までは続けようと決めていたのだそうです。道半ばの休刊は一読者として寂しいと思う以上に、私はこれからの歩みに大きな期待があります。

今回の取材では、こぎん刺しのいろんな表現が地元の伝統工芸の姿を脅かしているのかなと感じました。だからと言って今あるものを、こぎん刺しか否かと線引きして、排除されるものを生みたくはない。それよりも、伝統工芸としてのこぎん刺しの深い魅力を広げることに力を集中したいものです。

昔から受け伝えてきた こぎん の「伝統」は、そらとぶ こぎん 編集部の7年に及ぶ活動のおかげで、江戸末期から今に至るまでの歴史が繋がり、より奥行きを増しました。しかし、こぎん の文化的魅力にはまだまだ深いものがあります。これから鈴木さんが言葉で紡ぐこぎん刺しは、地域文化を醸成し津軽をより味わい深い場所にする礎になるのではないでしょうか。そんな未来を私は願います。

お盆が過ぎたら秋になる弘前のこの日の気温は34度。皆さん酷暑の中ありがとうございました!

こぎん の学校2023「三縞の同窓会」

青森県内各所に保管されている希少な三縞こぎんを展示し、その特徴を生かした作品づくりを行う他、地域の民俗や歴史に詳しい講師をお招きし、古作こぎんがつくられた背景を学びます。

◆日時:
2023年10月14日(土)、15日(日) 10時30分〜16時(10時開場)

◆会場:
青森市、浪岡交流センタ-「あぴねす」

◆参加費:
材料費等として各日3,500円(税込)
古作こぎんの見学のみは無料(見学のみの場合、事前申し込みは必要ありません)

◆対象:
こぎん刺し愛好者。各日定員35名(先着順)

◆持ち物:
参加者はお弁当(会場に軽喫茶もあり)、こぎん刺しの裁縫道具(普段お使いのもの、鉛筆、消しゴム、メガネの必要な方はご持参ください。

◆主催:
そらとぶこぎんプロジェクト、津軽工房社

◆ワークショップについて:
三縞こぎんのふるさと西北五地方の五所川原市在住で、青森県伝統工芸士の三つ豆・工藤夕子さんをお招きし、三縞こぎん図案を刺すワークショップを開催。
敷物を制作します。用意した図案のほか、会場に展示している三縞こぎんから図案をおこして取り組むことも可能です。
※両日同じ内容となります。(図案は2種類あり。)

◆タイムスケジュール(両日とも同じ)
·10時00分:開場
·10時30分:代表あいさつ
·10時35分~12時10分:講演会、質疑応答
(14日 成田敏さん講演、15日 石山晃子さん講演)
·12時10分:ランチタイム、自由に古作見学
·13時10分:三縞こぎん解説(そらとぶこぎんプロジェクト)
·13時30分~15 時頃:ワークショップ(図案おこし、実作など)
·16時00分:閉場

◆問合せ·申込み先:
津軽工房社 メール:tugarukoubousya@yahoo.co.jp
メールに、お名前、ご住所、電話番号、件名「三縞の同窓会申し込み」、参加希望日をご記入の上、お送りください。返信メールにて振込先をご案内いたします。振り込み確認と同時に申し込み完了とさせていただきます。
津軽工房社(弘前市元寺町52、電話080-1675-3753)の店頭でも申し込みを受け付けます。
※振込み手数料はご負担をお願いします。
※当日のキャンセルは返金致しかねますのでご了承ください。
※10月13日午前10時までのキャンセルは全額返金をいたします。(振込み手数料はご負担いただきます)
※申し込みメールに行く記載いただいた個人情報は、本イベント開催に関する業務にのみ利用させていただきます。

◇三縞こぎんの模様を生かしてスタッフが制作した作品の展示も行います。参加者の皆さんもぜひ作品をご持参ください。
◇新型コロナウィルス感染防止対策を講じ入場制限を設ける場合もあります。

こぎんの学校は、こぎん刺しの材料や作家さんの作品を展示・販売する「津軽工房社」と、こぎん刺しの雑誌「そらとぶこぎん」を制作してきた「そらとぶこぎんプロジェクト」による協同事業です。こぎん刺しを見て、聞いて、刺して体感し、楽しみながらこぎん刺しを深めていただくことを目的としています。

koginbank編集部 text:石井(撮影協力:吉野聡美)






 


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