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表紙の 菱刺し小布 に隠された秘密 (後)

2023.02.09


昨年末の前編の続き。長岡さんが見せてくれた、菱刺し小布によく似た模様のこぎん刺しのポストカードは、静岡市立芹沢銈介美術館の収蔵品のこぎん刺しです。この模様は ソロバン 模様または ソロバン 刺しと呼ばれ、偶数目の構成はこぎん刺しの模様にしては珍しいですが、古くからある模様です。

ソロバン 刺の謎

こぎん刺しの ソロバン 模様
こぎん刺しの ソロバン 模様

今でも、そろばん教室があるのでご存じない方は少ないと思いますが、算盤(そろばん)は電気がなかった時代の計算機であります。計算の時に指ではじくソロバン玉の形状からこの模様名は来ています。

つがる工芸店からも、このポストカードとよく似た模様のこぎん刺しの着物の写真が送られてきました。菱刺し小布の模様の参考になった着物と考えられます。

ソロバン模様の古作こぎん
つがる工芸店から届いた写真

身頃全体だったり、胸元の一部にあしらわれた ソロバン 模様は9割同じパターンです。図案を描くことが無い時代に、これだけ同じ模様が出てくるということは、当時としてはメジャーな模様だったのでしょうか。

koginbankでは、一昨年の展示会佐藤陽子こぎん展示館からお借りした西こぎんの着物にこの模様が使われていました。そこで昨夏、佐藤陽子さんのもとへ ソロバン 模様の着物を訪ねてみたところ、一昨年に借りた着物とは違う、ポストカードと同じ ソロバン 模様の着物を見せてくれました。

ソロバン刺の西こぎん
佐藤陽子こぎん展示館にてソロバン刺の西こぎん

この ソロバン 刺の着物は、模様の切り替えしの縞が入っていないので、東こぎんと思われがちですが、弘前市の南西に位置する西目屋村で多く刺されていたので、西こぎんに分類されるそうです。

この着物、実は1998年初版のLIXIL出版『津軽こぎんと刺し子~はたらき着は美しい~』の中で東こぎんとして紹介されていました。

出典:LIXIL出版『津軽こぎんと刺し子~はたらき着は美しい~』

本の写真と実物を比べると、シワが入ったような模様のヨレが撮影から30年近く立った今もほぼ同じように残っていることに驚きました。

この当時は、青森の民俗学者・田中忠三郎氏の所蔵でしたが、現在は佐藤陽子こぎん展示館が西こぎんとして引き継いでいます。

※西こぎん、東こぎんの違いについてはこちら

東こぎんのように模様の切り替えがなく、身頃全面に模様刺しをする着物はノッペラと呼ばれ、西こぎんの地域でも存在していたようです。昭和49年発行の横島直道氏による『津軽こぎん』でも、西目屋村の女性が刺した ソロバン 刺の胴着が紹介されています。

ソロバン 刺の胴着
出典:『津軽こぎん』横島直道著(日本放送出版協会)

西目屋村はこぎん刺しの発祥地と言われています。また、今では奇数目で模様を構成するこぎん刺しですが、もともとは菱刺しと同じく偶数目で構成されていたと考えられています。その根拠として、こぎん刺しと考えられる着物が紹介された、江戸時代の書物『奥民図彙』にある着物のスケッチに横に伸びた菱形の模様が並んでおり、菱刺しの型コによく似ていることから当時は偶数目で模様を構成したと考えられています。

『奧民図彙』より

この2つの点から、西目屋村で、多く刺されていた偶数目で構成する ソロバン 刺という模様は、こぎん刺しの原始的な模様といえるのかもしれません。とはいえ、偶数目で刺すことが奇数目の前身と言える証拠も、弘前の城下町から離れた西目屋村が発祥地と考えられている根拠も、まだまだ明確ではないので、この辺りは詳しく調べたいところです。

こぎんと菱刺しの融合

雑誌『民藝』の表紙を飾った菱刺し小布は、こぎん刺しの ソロバン 模様を採用した作品でした。網目のように、大きなモチーフの間を走るラインに小さな菱刺しの型コを連ねたところは、こぎん刺しと菱刺しに共通する偶数目の ソロバン 模様に注目し、双方の融合を意識した作品なのではないでしょうか。この菱刺し小布を制作した相馬貞三氏は生前、「こぎん刺しに比べて菱刺しの名前は知られていない。」と言っていたそうです。古作のこぎん刺しから模様を採用したにも関わらず、敢えて「菱刺し小布」とあるのは、菱刺しを世に広めたい想いが秘められていると思います。

画像左は、右側の裏模様を表模様として制作されたと考えられます

実は、表紙が裏模様になったおかげで新しい模様ができています。

前述で、網目のようなと述べた模様(上の画像ではオレンジやスカイブルーのライン)は、こぎん刺しでは田んぼの畦道に例えられて畔模様とも呼ばれます。この部分の菱形のモチーフの並びは、従来の菱刺しとは違うスタイルが出来上がっています。

菱刺しの菱形のモチーフを型コと呼びます。菱刺しでは、この型コをシンプルに布の上に敷き詰めるように並べる模様の作り方が定番です(①)。稀に、限られた地域だけにあったと言われるココノマワシという模様は、型コの隣り合う一辺を共有して梯子のように連続しています(②)。

①従来の菱刺しでの構成
②ココノマワシ

しかし、①の裏側を表面したことで、①と②を組み合わせたような模様が出来上がりました(③)。菱刺し小布のスカイブルーのラインは、このような模様構成になっています。このスタイルはありそうですが、こぎん刺しでも見たことがありません。

③従来の裏模様

古い雑誌の表紙が布の裏を見せていた。

ただそれだけの話を、ちょっと調べてみたら、知らないことや新しい発見がいくつも出てくることに驚きました。見過ごさずに行動に移してみて良かったと思うと同時に、民藝の多くの作品にはキャプション的なテキストが残っていないことは、見過ごして良いのだろうかと一抹の不安を覚えます。直観で選ばれた日用品たちに言葉は要らないのかもしれませんが、時代を遡って調べても憶測しか残らない文化財は未来に残っていくのかな?と感じました。

koginbank編集部 text・photo:石井






 


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